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最重度の障がい者が地域で安心して暮らす

最重度の障がい者が地域で安心して暮らす

 2004年の発達障害者支援法成立から20年が経った。自傷・他傷行動を伴う高度行動障害は、障がいの特性と環境との相互作用で生まれ、環境など適切な支援が継続的に行われることで改善が期待できるとされる。日本初の重度知的障がい者入所施設「都立島田療育センター」で知り合い、結婚した樋口幸雄さん(73歳)とちづ子さんは、最重度の知的障がい者が街中で生活できる居場所づくりに取り組んできた。JR京都駅近くにある法人の障がい者デイ施設「若杉」で、京都ライフサポート協会の理事長・樋口幸雄さんに取組の基本を聞いた。2023年6月、樋口さんは日本障害者福祉施設協会会長に就任し、現場の声を国や社会へ発信する立場でもある。

 ふつうの家で、自分の個室がある生活をしながら、昼間は外で働く。樋口幸雄さん、ちづ子さん夫婦は、そんな入所施設を目指して、2002年に京都府南部、木津川市に分棟型の障がい者入所施設「横手通り43番地『庵』」を開設した。

 「国が地域移行(脱施設)をめざすからと言って、2000以上ある障がい者の入所施設をつぶすことはない。閉じた運営構造を変えることができればよい」。そうした思いで、個別に利用者の能動的な活動を重んじる環境の中でサービスを提供してきた。

 「庵」は40人の入所施設で、1ユニット6人の一戸建て5棟に分棟し、うち2棟は2階建ての2ユニットで、計7ユニットにした。1ユニット6人は、1人の介護職が担当できる最大数だと経験から考えられた。

 樋口さんは自著『はぐくむ、はたらく、豊かに暮らす』(創元社)の中で、国がめざす地域移行について、「施設をなくし、グループホームと在宅支援に移行すれば解決するだろうか?いや、そこに『施設性』は存在する。利用者と支援者の関係性、支援者の労働条件、利用者の経済的問題、何より支援の質の問題など。今できることは施設の支援の質を高めること」と、脱施設の難しさを説明し、環境の整備とともに、サービスの質の向上によってその課題に向き合おうとしてきた。
 20余年前、障がい者入所施設「庵」の内覧会での利用者の親との会話が忘れられない。庵の個室と週末帰宅のしくみに、親は「うちの子は本当にやっていけるのでしょうか?個室で過ごしたことはなく、夜中ひとりでいられるのか。週末に家に帰ったら、施設には戻らないかも知れない」と不安を述べた。確かに当初は不安定なこともあったが、半年が経ち、1年が経過するうちに、「家もいいけど、ここも悪くない」と利用者が受け止めるようになった。ユニットケアの中で、子どもが変わったと言われた。

 1ユニット(約190㎡)には、出入口となる広いデッキと、個室(約10㎡)6部屋、居間、食堂、キッチン、3つのトイレ、風呂と脱衣洗面、洗濯・リネンがある。分棟や個室は、ゾーニングが難しかった新型コロナウイルス感染症への対応にも役立ったという。

 庵の利用者は、コミュニケーションや説明の理解力、多動・行動停止、自傷・他傷などから支援の必要度を判定する行動関連項目(最重度24点)は、加算が付く18点以上の人が6割以上を占める。制度改定ごとに、強度行動障害への対応に加算が創設されて、同法人の経営を支える軸となってきた。

 朝は洗濯や自室の掃除を行った後、バスで庵から10㎞離れたデイセンターへ行く。介護保険の通所介護にあたる生活介護で、農作業やミニじゅうたん織りなどの仕事に従事する。夕方には、個室のあるそれぞれの庵の家に戻る。庵のスタッフは常勤換算で9.3人になる。こうした「職住分離」の平日を送り、週末には帰宅する。

 庵には、10のコンセプトがある(上表)。「約9割の人が最重度知的障がい者、もしくは強度行動障がい者」に対して、「完全分棟のユニット」や「デイケアを分離し場所も人も分ける」を実践し、「暮らしの営みのある毎日」を送り、「週末帰宅」し家族とともに過ごす。

 一人ひとりの支援計画が立てられ、必要な時に必要な支援を行う。大きな集団では、個々人の生活機能の見極めは難しく、6人という少人数だからこそ、適切な支援が可能になる。スタッフは、介護福祉士などの基礎資格をもち、精神や心理、自閉症や強度行動障害などの専門資格や研修を受け、実践の中で習熟していくと言う。

 「大切なのは作業の完成度ではなく、生活に必要な一連の動作に自分の手で取り組み、自分の生活を自分で切り開く実感をもつこと」と樋口さん。「くつろぐ、食べる、楽しむ、眠るといった当たり前の生活をその人らしく個性豊かに営む」ことで人生の主人公としての自信がつく。その人がもっている力を引き出すことで、強度行動障害は激減していくのだと説明する。
 庵は02年当初からパソコンで介護記録を行ってきた。19年からは、見守りシステム「眠りスキャン」(パラマウントベッド)を、助成金を使って全40床に設置。様々な病態に対応して、その人ごとに設定したバイタルの値になるとモニター上で知らせてくれる仕組みが夜勤スタッフを支えている。

 法人の従業員は140人。利用者はおよそ300人で、うち児童が70人を占める。障害福祉サービスは、第1種、第2種の大半のサービス提供。総事業収入は10億円になった。

 「謝ってばかりの人生だった。死ぬことばかり考えてきた」、そうした障がい者の本人や家族の力になりたいと樋口さん夫妻やスタッフは取り組んできた。

 障がい者グループホーム「恵」が不正請求によって指定取消となり、連座制の適用で今後の指定更新ができなくなった問題で、利用者およそ2000人の行先が問われる状況になっている。「私は、たとえば障がい者通勤寮(居室を利用して自活を目指す知的障がい者の就労支援)であればよかったと思う。重い人を入れたのが間違いだった」としながらも、協会会長として受け皿の確保へ協力していきたいと考えている。「虐待は絶対に起こしてはならない。自分たちが掲げる理想や理念が傷つく。私は心に誓って虐待は起こさない」

(シルバー産業新聞2024年10月10日号)

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