連載《プリズム》

途方に暮れる介護職

途方に暮れる介護職

 「前を向いて、とは言えない。私たちは先が見えない」。福島県の沿岸部では、戻れない避難者が全国に散らばる。役所機能も県内に広く分散して介護保険業務を担っている。(プリズム2015年3月)

 震災4周年になるのを前に、独立ソーシャルワーカーで、福島県居宅介護支援協会副会長も務める吉田光子さんの郡山市にある事務所を訪ねた。沿岸部からは遠く離れた県中央部の中通りでも、除染作業が続けられている。吉田さんの家でも庭の除染が行われ、父親が大事に育てた樹木が、表土ごと刈り取られた。しかし、削り取られたものの捨て場がない土と草木は、庭の片隅に穴を掘って埋められた。写真を見せてもらったところ、庭は更地になり、除染物を埋めた穴は木のボードでふたがされ、道路工事で使われる赤い三角のコーンにバーを渡して囲われている。「家には、幼い孫たちもいて心配です。でもほんとうに危険だったら、私たちをここで住まわせておくはずはないと、自らを安心させています」。正直にいまの気持ちを吐露した。

 人手不足が進む。除染作業に人手を取られることもあって、特に福島では介護の人材が集まらない。有料老人ホームでも、ショートステイでも、建てたものの開店休業の介護事業者が多い。指導的な立場の人が変わったために、介護に対する価値観が揃わなくなった事業所では、サービス低下の傾向がみられる。他県から支援に入ったボランティアの介護職や看護職の人たちからも、そうした声が聞こえるという。

 元は医療ソーシャルワーカーとして、いまは独立した社会福祉士として働く吉田さん。震災のもとで介護に従事する多くの人たちの悩みを聞いてきた。「直接支援に携わる介護職は、自分が何もできないと思い、無力感から途方に暮れる人が多い。そんな時、私はまず一緒に嘆き、その人が持っている力をどのように引き出すか考えましょうとアドバイスしています」と話す。吉田さんは、残って介護に従事する人たちとともに、力を振りしぼって、「福島で働こう!」と声を上げている。

(シルバー産業新聞2015年3月10日号)

関連する記事