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強度行動障害支援の現場(5)強度行動障害の発現と表裏一体だった「統合教育」(第153回)

強度行動障害支援の現場(5)強度行動障害の発現と表裏一体だった「統合教育」(第153回)

 支援現場において、自閉症を中核とする当事者の強度行動障害について強く認識されるようになったのが1980年代~ 90年代である。しかしながら、今でいう「科学的エビデンス」や「障害特性についての共通理解」には程遠く、支援者個々人の経験や思い、あるいはさまざまな「○○療法」を、現場レベルで恣意的に当てはめていた時代だったと言える。

 当時(その系譜は現在につながっているが)、自閉症に対する代表的な「○○療法」と言えば、「遊戯療法」「受容的交流療法」「行動療法」「生活療法」「動作法」「抱っこ法」「感覚統合訓練」「乗馬療法」「イルカセラピー」「特定の漢方や食事に関する療法」「コロロメソッド」「七田式教育」といった名前を思い浮かべる。筆者が留学した米国ノースカロライナ州の「TEACCH プログラム」も、当時は「ティーチ法」と呼ばれたりしていた。

 このころ、障害児教育の分野では「統合教育」が大きな流れを作っていた。「(障がい児も健常児も)みんな一緒がいい」ということで、熱心な先生や保護者は、どんなに重度の障がいのある子も普通クラスで過ごさせる取り組みをしていた。自閉症の子どもについても、その子が教室内を走りまわったり飛び出したりしていても、普通クラスに留めようと先生やクラスメイトが常時付き添って、その子の面倒を見ていたりしていた。

 そうやって地域の小学校・中学校で何とか過ごしてきた自閉症の子どもたちが、中学を卒業すると養護学校の高等部にしか行くところがなかったりする。そして、養護学校を出たら、福祉施設や無認可の地域作業所に通うのが一般的だった。「みんな一緒がいい」は卒業したら終わるのかと、筆者は思ったものである。

 「統合教育」「みんな一緒がいい」の実践は、おうおうにして「みんながやっていることに参加しなければならない」という同調圧力に変換しやすい。当時も今もだが、校内発表会や運動会、卒業式などで、自閉症の子どもを何とかそこに参加させようとする先生たちの対応を、筆者は数多く見てきた。

 偏食指導も、「みんな一緒がいい」の延長上にあると筆者はとらえている。最近の話だが、ある教育委員会のホームページに、給食に関する標語について小学生たちの入選作品がいくつか掲載されていた。「みにとまと すっぱいけれど たべられたよ」「ふしぎだな きらいなものも たべられた」「きゅう食は 元気のみなもと 食べきるぞ」などだ。今も、学校給食は、何でも残さず食べることが奨励されているのだと、改めて確認させられる。

 筆者が30数年前に赴任した小学校の特別支援クラスでも、ベテランの先生たちが、嫌がる自閉症の子どもに、無理矢理、給食のおかずを口に入れさせていた。筆者もまた支援クラスの一員として、「一口でいいから食べなさい!」と偏食の強い自閉症の子どもと対峙していたことを、苦々しく思い出す。

 80年代~90年代を振り返ると、根本的な問題は、そもそも自閉症の障害特性がどういうものかを私たちがよくわからずに、療法や指導という名のもと、こちらのやり方を一方的に自閉症の人たちに押し付けていたということだ。それが、自閉症の人たちが時に示す強度行動障害と、実は表裏一体の関係にあったのだと筆者は考えている。

 例えば、自閉症の人が抱える「独特の感覚体験」あるいは「感覚過敏」について、我が国の支援者の中で理解され始めたのは、テンプル・グランディンなどの当事者たちが自分の体験を書物や講演で語るようになった90年代後半からのことだ(テンプル・グランディンの最初の翻訳本『我、自閉症に生まれて』は94年3月学習研究社から発行)。耳をふさいで奇声をあげたり、何時間も水遊びにふけっている自閉症の人の行動は、当時の支援現場では、単に問題行動や逸脱行動と呼ばれ、指導や矯正の対象でしかなかった。2020年に入る現在、そういう現場の認識は改まったのだろうか。

NPO法人自閉症eスタイルジャパン 理事長 中山清司

(シルバー産業新聞2020年1月10日号)

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