インタビュー・座談会

元・厚生労働省幹部に聞く介護保険の課題 社会保障全体をどうしていくのか、国民的議論が必要

元・厚生労働省幹部に聞く介護保険の課題 社会保障全体をどうしていくのか、国民的議論が必要

 厚生官僚として介護保険制度の創設や見直しに深く関わった中村秀一氏。5年前の本紙で「介護保険これまでの20年、これからの20年」を語ってもらったが、介護保険が25年目を迎えた今、改めて現在の制度が置かれている状況や課題について話してもらった。

初めて直面する物価・賃金上昇の局面

 2020年の時点と、そこから5年が経過した今との大きな違いは、ロシア・ウクライナ戦争の勃発以降、世界的な物価上昇と円安が進行したことです。

 介護保険制度がスタートしたのは2000年4月ですが、これまでの25年間は、物価も賃金も上がらない、いわば〝冷蔵庫の中〟で制度が運用されてきました。しかし現在は、制度開始以来初めて、物価上昇や賃金上昇の局面に直面しています。

 こうした状況に対しては、介護報酬改定などを適切に実施していく必要があります。ただし、ご承知のように報酬改定は「3年に一度」というルールになっており、このような急速な変化に対して、現行の枠組みで対処できるのかどうかが大きな課題と言えます。

 また、人手不足の問題も5年前と比べてさらに深刻化しています。日本が人口減少社会に突入したのは、2009年からですが、年を追うごとにその減少幅が拡大しています。女性や高齢者の就業率は上昇しているものの、それだけではカバーしきれなくなってきています。

 さらに、急激な人口減少の結果、今後、地域差がさらに拡大していくと見られています。限界集落のような中山間地域と、今後高齢者人口が急増する大都市では、医療や介護サービスのニーズや量が全く異なるため、全国一律の制度枠組みだけでは対応に限界があります。その点をどうしていくかも大きな課題です。

5年前と大きく異なる政治の状況

 そうした中で、政治の状況も5年前と異なります。当時の岸田政権は「こども未来戦略」を掲げ、少子化対策として3.6兆円の予算を確保する法律を成立させました。

 その財源のうち1.1兆円は、医療や介護などの社会保障制度の歳出改革によって捻出し、さらに1兆円は医療保険に上乗せして徴収する支援金で賄うとされています。つまり、医療や介護分野で、子ども・子育て支援のために2.1兆円を負担する枠組みがすでに出来上がっています。今後数年間は、その圧力がかかり続けることになります。

 さらに現在は、衆議院・参議院ともに与党が過半数割れを起こし、26年間続いた自民党と公明党の連立も解消され、自民党は日本維新の会と連立を組みましたが、政治が不安定な状態になっています。その一方で、減税や社会保険料の負担引き下げを公約に掲げる政党が国民の支持を広げています。私自身はその方向性が正しいとは思いませんが、そうした声が強まる中で、これからの介護保険をどう運営していくのかが、非常に難しくなっています。

 現在、第1号被保険者の介護保険料の全国平均は6225円ですが、すでに9000円を超える地域もあります。介護保険料は年金から天引きされる仕組みのため、保険料が上昇すれば、その分、年金の手取り額が実質的に目減りします。後期高齢者医療制度の保険料も同様の仕組みのため、特に低年金の年金生活者の生活が確保されるかが大きな課題となります。介護保険制度だけでなく、社会保障制度全体を考える必要があり、国民的な議論が求められます。

世田谷区の実態から見た医療・介護の形

 私は現在、東京都世田谷区の地域保健福祉審議会の会長も務めています。そこから見えてきた実態についてもお話ししたいと思います。

 世田谷区の人口はおよそ92万人で、そのうち年間約7000人が亡くなっています。内訳を見ると、75歳以上の方が8割を占め、さらにその半数が自宅または高齢者施設で亡くなっています。

 自宅や施設で亡くなる人は、その直前まで訪問診療・訪問看護・訪問介護などのサービスを利用しています。世田谷区では今後も、看取りを必要とする人がさらに増加していくため、医療と介護の連携をこれまで以上に密接にしていく必要があります。

 また、「特別養護老人ホーム(特養)」は〝終の棲家〟といわれますが、世田谷では特養よりも有料老人ホームで亡くなる人のほうが多くなっています。さらに、世田谷区には29カ所の特養がありますが、看取りの件数は施設ごとに大きなばらつきがあります。こうしたデータを踏まえ、利用者が亡くなるというゴールから考えて、医療や介護を見直していくことも必要なのではないかと感じています。

 介護保険制度は、今や無くてはならない制度として定着しています。これからも、多くの国民に必要とされるよう、適切な見直しが行われていくことを願っています。

中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長


 東京大学法学部卒業。1973年厚生省(現厚生労働省)入省。在スウェーデン日本国大使館、厚生省老人福祉課長などを経て、2002年老健局長、2005年社会・援護局長、2008年社会保険診療報酬支払基金理事長を歴任後、2010年内閣官房社会保障改革担当。2012年より一般社団法人 医療介護福祉政策研究フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。

(シルバー産業新聞2025年11月10日号)

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