インタビュー・座談会
中国版介護保険、2028年目途に全国導入
中国政府は今年3月、2028年を目途に介護保険制度を全国導入する方針を打ち出した。16年の試行開始から10年、同制度を「第6の社会保険」に位置付け、法制化を進める。しかし、急速な少子高齢化が進む中、地方政府の財政難や深刻な介護職員不足など、クリアすべき課題も多い。中国の介護保険が目指す方向性と日本の制度との違いについて、同国の社会保障制度に詳しいニッセイ基礎研究所の片山ゆき主任研究員に話を聞いた。
目標先送り、足かせとなった地方財政難
――中国政府は介護保険制度を28年までに全国導入する方針を発表した。本来は25年までの「第14次5カ年計画」期間中を目指していたはずだが、目標がずれ込み、このタイミングでの発表となったのはなぜか。
片山ゆき氏(以下、片山) 当初は25年までに介護保険制度を中国全土で展開する計画だったが、全国約330ある地級市単位のうち、試行地域は直近でも92地域にとどまっていた。10年におよぶ試行期間は中国の他の社会保険制度と比べても異例の長さだ。25年までの目標達成が間に合わなかったため、新たに始まった「第15次5カ年計画」の初年である2026年に、実質的な猶予期間として「2028年目途」という新たなタイムラインに引き直したのではないか。
――試行が長引いた要因はどこにあるのか。
片山 地方政府の深刻な財政難が挙げられる。試行期間中は公的医療保険の積立金を取り崩して介護給付に充てる地域が多かったが、これでは制度の持続可能性が担保できない。独立した社会保険へ移行するには企業や加入者から個別に保険料を徴収する必要があるものの、経済減速下における負担増への反発を警戒し、実施に踏み切れない地方政府も多かった。
片山ゆき氏(以下、片山) 当初は25年までに介護保険制度を中国全土で展開する計画だったが、全国約330ある地級市単位のうち、試行地域は直近でも92地域にとどまっていた。10年におよぶ試行期間は中国の他の社会保険制度と比べても異例の長さだ。25年までの目標達成が間に合わなかったため、新たに始まった「第15次5カ年計画」の初年である2026年に、実質的な猶予期間として「2028年目途」という新たなタイムラインに引き直したのではないか。
――試行が長引いた要因はどこにあるのか。
片山 地方政府の深刻な財政難が挙げられる。試行期間中は公的医療保険の積立金を取り崩して介護給付に充てる地域が多かったが、これでは制度の持続可能性が担保できない。独立した社会保険へ移行するには企業や加入者から個別に保険料を徴収する必要があるものの、経済減速下における負担増への反発を警戒し、実施に踏み切れない地方政府も多かった。
中国独自の「福祉ミックス体制」
――日本の介護保険制度と比べた際、中国の制度設計にはどのような独自性があるのか。
片山 最大の特徴は、国有生命保険会社をはじめとする民間へ、制度運営そのものを全面的に委託している点にある。日本の場合、民間企業はあくまでサービスを提供する事業者としての参入だが、保険者は自治体だ。これに対し中国では、上海などの大都市を除き、地方政府の多くは行政として関与しつつも実際の運営実務を民間の生命保険会社などへ委託している。
政府と民間が協働して社会保障制度を運営する「福祉ミックス体制」は、まさに中国特有のモデルだ。市場が独立しているのではなく、行政のコントロールのもとで動く官製市場のスキームが介護保険にも色濃く応用されている。
――指針では、保険料率の基準は「0.3%程度」と示された。
片山 都市の就労者の場合、前年の平均賃金に対して労使折半で0.15%ずつ負担する形が基本となる。ただし、当初は給付対象を「重度の要介護者」に限定する方針のため、低水準で算出されている。政府は将来的に「中程度の要介護者」まで対象を広げる意向を示しているが、ひとりっ子政策の影響で高齢者を支える現役世代の急減が避けられない点を踏まえれば、0.3%の料率だけで制度を維持するのは難しい。対象拡大や高齢化の進展に合わせ、段階的な負担増の検討を迫られるだろう。
片山 最大の特徴は、国有生命保険会社をはじめとする民間へ、制度運営そのものを全面的に委託している点にある。日本の場合、民間企業はあくまでサービスを提供する事業者としての参入だが、保険者は自治体だ。これに対し中国では、上海などの大都市を除き、地方政府の多くは行政として関与しつつも実際の運営実務を民間の生命保険会社などへ委託している。
政府と民間が協働して社会保障制度を運営する「福祉ミックス体制」は、まさに中国特有のモデルだ。市場が独立しているのではなく、行政のコントロールのもとで動く官製市場のスキームが介護保険にも色濃く応用されている。
――指針では、保険料率の基準は「0.3%程度」と示された。
片山 都市の就労者の場合、前年の平均賃金に対して労使折半で0.15%ずつ負担する形が基本となる。ただし、当初は給付対象を「重度の要介護者」に限定する方針のため、低水準で算出されている。政府は将来的に「中程度の要介護者」まで対象を広げる意向を示しているが、ひとりっ子政策の影響で高齢者を支える現役世代の急減が避けられない点を踏まえれば、0.3%の料率だけで制度を維持するのは難しい。対象拡大や高齢化の進展に合わせ、段階的な負担増の検討を迫られるだろう。
「過度な社会化」警戒家族介護との両輪で
――日本の介護保険制度は創設時に「介護の社会化」を強く打ち出したが、中国のスタンスは。
片山 中国は憲法で「子の親に対する扶養義務」を定めており、介護保険制度を全国導入しても、この原則を緩める気配はない。かつて鄧小平が南巡講話で「西欧型のような福祉国家モデルを導入すると、子どもが親の面倒を見なくなる」と警告した通り、「過度な介護の社会化」による財政の破綻を強く警戒している。家族介護を前提としつつ、介護保険が補完する両輪の体制を目指している。
――片山氏は介護職員の不足、特に中高年層への依存や低賃金などの構造的課題を指摘している。
片山 中国では30年までに要介護者が4000万人を超え、最大550万人の介護職員が不足すると推計されている。しかし、現場は40〜50代が83.2%を占め、30歳未満はわずか2.0%と若年層が極めて少ない。平均月給は5165元(約10万円)と都市部会社員の平均以下で、プレッシャーの強さや低待遇が定着を阻んでいる。20年後には夫婦で子育てと親4人を介護する「ダブルケア」の深刻化が見込まれる。処遇改善や資格整備による人材確保は待ったなしの状況だ。
―― 一方で、政府は介護市場を「銀髪経済(シルバー経済)」の柱として期待している。
片山 政府は介護を単なる社会保障費ではなく、国内経済を下支えする新産業と位置づけて優遇政策を打ち出している。試行期間を経て、主だった介護事業者の参入は一巡したとみている。
今後は介護ロボットなどのテクノロジー分野、さらには高齢者向けのエンタメ、美容、旅行、リカレント教育といった周辺の消費市場が大きく膨らんでいく可能性を秘めている。
片山 中国は憲法で「子の親に対する扶養義務」を定めており、介護保険制度を全国導入しても、この原則を緩める気配はない。かつて鄧小平が南巡講話で「西欧型のような福祉国家モデルを導入すると、子どもが親の面倒を見なくなる」と警告した通り、「過度な介護の社会化」による財政の破綻を強く警戒している。家族介護を前提としつつ、介護保険が補完する両輪の体制を目指している。
――片山氏は介護職員の不足、特に中高年層への依存や低賃金などの構造的課題を指摘している。
片山 中国では30年までに要介護者が4000万人を超え、最大550万人の介護職員が不足すると推計されている。しかし、現場は40〜50代が83.2%を占め、30歳未満はわずか2.0%と若年層が極めて少ない。平均月給は5165元(約10万円)と都市部会社員の平均以下で、プレッシャーの強さや低待遇が定着を阻んでいる。20年後には夫婦で子育てと親4人を介護する「ダブルケア」の深刻化が見込まれる。処遇改善や資格整備による人材確保は待ったなしの状況だ。
―― 一方で、政府は介護市場を「銀髪経済(シルバー経済)」の柱として期待している。
片山 政府は介護を単なる社会保障費ではなく、国内経済を下支えする新産業と位置づけて優遇政策を打ち出している。試行期間を経て、主だった介護事業者の参入は一巡したとみている。
今後は介護ロボットなどのテクノロジー分野、さらには高齢者向けのエンタメ、美容、旅行、リカレント教育といった周辺の消費市場が大きく膨らんでいく可能性を秘めている。
(シルバー産業新聞2026年8月10日号)


