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ターミナル期に、食事指導で生活や命の回復を支援 在宅栄養/宮下今日子(連載89)

ターミナル期に、食事指導で生活や命の回復を支援 在宅栄養/宮下今日子(連載89)

 在宅訪問ケアで、管理栄養士をケアプランに位置付けているケースは少数だ。管理栄養士を入れたいが、よく分からないというケアマネジャーの声も耳にする。そこで、訪問に関わる多職種連携に向け、管理栄養士の訪問事例を紹介してみたい。

在宅訪問の管理栄養士に聞く① 小形美乃さん

 東京都八王子市の数井クリニック(数井学院長)に勤務する管理栄養士の小形美乃さんは、これまで摂食嚥下の勉強を重ね、在宅で栄養指導をこなしてきた。地域の医療・介護専門職を対象に講習会なども開いている。

 今回紹介するのは、68歳女性のターミナルケア。夫と二人暮らし(3人の子供は独立)で、夫からの食事相談がきっかけで始まった。訪問すると、Sさんは車いすで食卓に着いていた。「まず食事中に訪問するのが鉄則。他職種はできない場合も多い」と小形さんは話す。

 Sさんは、傾眠がちであまり口を開けないし、話もしない。食卓にはご飯(常食)、漬物のキュウリ、味噌汁、おかずがほぼ手つかずのまま並んでいた。夫は食事づくりと食事介助、おまけに日常の世話までやっている。表情も暗く沈んでいた。

 食卓を見た時、小形さんは食事内容の課題をすぐに見つけたが、摂食嚥下の知識から口腔環境と食べる姿勢(ポジショニング)の2点にも注目できた。

 口腔環境については、Sさんの口の中を確認したところ、舌に汚れがある事、食べ物が口腔内に溜まっていることを見つけた。そこで歯科衛生士が必要だと思った。

 食べる姿勢については、車いすでは疲労が激しいことに気付き、摂食嚥下に詳しい言語聴覚士に相談したいと思った。

 こうしてケアマネジャー、言語聴覚士、歯科衛生士、看護師、管理栄養士の5人で食事中のSさん宅を訪問し、見直しを始めた。その結果、口の中は綺麗になり、食事はベッド上とし、食べる姿勢が改善された。そして、食事内容が変わり、摂食嚥下が改善していった。

 それにしても、この連携は見事である。その要因として、八王子市医師会が構築した「まごころネット」(ICTを活用した多職種連携支援ネットワーク)の利便性を小形さんは挙げた。

 食事内容は、現場で使える知識も含まれているので、少し詳しく紹介したい。

とろみの付け方

 薬の水には、夫がとろみを付けていたが、ダマになっていた。そこで、市販のトロミ剤を使い、付け方の要領を教えていった。

パッククッキング

 厚手のビニールパックに魚、肉、野菜、調味料などを入れ、そのまま鍋で湯煎する。 パッククッキングは殺菌作用もあり、長持ちする。「介護しながらの調理はとても大変。少しでも時間を節約し、休息を増やしてあげたい。

 ご主人は毎回のメニューを考えるだけでパンクしそうだったので、作り置きできる方法も教えた」と、オーダーメイドに対応できる在宅ケアの良さも強調する。

電気圧力鍋での調理

 Sさん宅に電気圧力鍋があったので、これを使い、Sさんの好きなポタージュスープ、鰯の角煮、黒豆煮、骨付き肉のワイン煮などを作った。
 Sさんの食事。すべて食べられるようになった

 Sさんの食事。すべて食べられるようになった

写真は、5月某日の夕食メニュー。さといも煮、かぼちゃ煮、黒豆煮は電気圧力鍋で作り、残りは冷凍庫で保存した。

 三つ葉と絹さやのかき卵汁は見るからに美味しそう。ほとんど無口だったSさんは一口すすると「おいしいわね!」と喋ったそうだ。この絹さやは二人の畑で採れたもの。傾眠がちなSさんはそんな事も思い出したのだろうか。こうして夫は調理の負担から解放され、毎晩、妻と一緒に食卓を囲むようになった。夫婦の会話も増え、これまでの日常生活が帰えってきたのである。

 今回の改善項目として、食事内容の見直しにより、便秘が改善され、看護師の摘便が不要になった点も大きい。野菜を増やし、繊維質を加えた効果だと小形さんは胸を張る。

 さらに、意外なのが口腔ケア。口の衛生はもちろん、それが摂食と発話に繋がった。「お口が最期まで綺麗なのは人間の尊厳。それはグリーフケアにも繋がっていく」と小形さんはこれまでの学びを噛みしめる。

 ターミナルケアは生活や命の回復への支援。家族も含めた生活を丸ごと肯定し、あきらめない専門性の高さと強さを思わせる好事例である。

 宮下今日子

(シルバー産業新聞2020年6月10日号)

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