地域力発見
再発予防し本人の希望を共有する/宮下今日子(連載88)
「ケアマネジメントの標準化」は疾患別に対応しているが、前回に続き脳血管疾患のケースを紹介したい。
「ケアマネジメントの標準化」 実践編その4
品川区介護支援専門員連絡協議会の研修会に参加した前田美鈴さん(ライフケアーサービスセンター、介護支援専門員)は、事例として4年前に脳出血を発症した56歳男性Bさんを選んだ。
前田さんのケアプランは、デイケア週1回、デイサービス週1回、訪問看護週1回(2月で終了)、訪問リハ週1回、福祉用具レンタル(介護ベッド、車いす、電動車いす、4点杖、Pトイレ)。目標は「主体的に自立した生活をすることができる」とした。
Bさんは母親と同居すると、みるみる太ってしまった。基本ケアの手法で数値化してみると、体重は理想体重を10kg以上も上回っていた。水分摂取量も少なかった。ベッド上で過ごす時間が多く、動くのはPトイレ、食卓の往復程度。医師にこの基本ケアシートを見せたところ、タンパク質が少ないこと、濃い味付けが多く、水分も少ない点を指摘された。
脳血管疾患の基本方針の一つは「継続的な再発予防」。前田さんは、血圧や疾病の自己管理の支援、服薬の自己管理、生活習慣の維持を、項目に即しながらアセスメントしていった。
水分摂取については必要性を本人に説明し、その結果、改善がみられた。課題としては、転倒防止に留意し、タンパク質の摂取と活動量を上げることだと捉えた。
脳血管疾患のもう一つの基本方針は「セルフマネジメントへの移行」である。Bさんはリハビリを頑張りたいという気持ちと裏腹に、普段は何もしない。家にいてもすることがなく、家や社会での役割がない。夢は語るが現実味がない。Bさんに必要な支援は「心理的な回復の支援」と、「活動と参加に関わる能力の維持・向上」だと捉えた。
そして、前田さんはその2点について多職種に意見を仰いだ。医師、看護師、OTの意見は、Bさんは障害受容ができていないという点で一致していた。しかし、OTからは機能的回復の見込みは薄いが、新しい作業などの習得は可能という前向きな答えをもらった。
どうしたら障害を受け入れられるのか。どうしたら積極的にリハビリをするのか。前田さんは難問を抱えた。その時OTから、Bさんは目的を設定し切れてないのでは、と指摘された。
前田さんは、ケアプランは本人のものという原点を忘れていた自分に気付いた。そこで本人ともう一度向き合い、電車やバスを利用し外出したいこと(ニーズ)、一人で買い物や通院をすることで母の負担を減らしたいこと(長期目標)、電動車いすで定期的に外出できること(短期目標)という本人の希望を共有した。
Bさんのやる気を喚起するためか、医師はある時日記を付けてみたらとアドバイスした。しかし相変わらず実行できない。そこで前田さんは「夢ノート」を付けてみたら、と言い方を変えて伝えた。書き出すことで心の中に閉まっていた思いや感情が出てくればいいと願った。
するとBさんは、夢だったキッチンカーの実現に向けて、サンドイッチやホットサンドのメニューを書き始めた。サンドするチーズは何層にも色分けされ、職人技が光っていた。
前田さんはBさんの夢の実現をなぜ後押しできなかったのか、と少し後悔した。Bさんは周りが自分の夢を否定ばかりする、とある時つぶやいたからだ。
Bさんは自分を理解してくれた前田さんに心を開いたのか、その頃から、電動車いすで近所のコンビニに買い物に行き、母親の負担を減らす努力を始めた。さらに本郷にあるリハビリ教室を訪ねて電車にも乗るようになった。
ある日「今日は郵便局に行ってきたよ」と言うので、何をしに?と聞くと、仕事が見つかって、履歴書を送ってきたんだよと人が変わったように話した。その上、サ高住も申し込んだという。Bさんは自立に向けて動き出していた。
研修が終わると前田さんは、やり切った感が強いと話す。確かに自立支援ができたケースは誇っていいだろう。ケアマネとBさんとの心の触れ合いも、どこかほっこりする。
前田さんは、標準化は情報収集すべき項目が整理されているので、なぜその項目が必要か、どのようにアセスメントするかを考えながら、目的をもったアセスメントができた、と手応えを話す。一人でアセスメントし、サービスの選択に留まっていたこれまでの自分を反省した。介護福祉士を基礎資格とする前田さんには医療職との連携は高いハードルだったが、多職種の眼が入った意義は大きいと改めて実感。ケアプランは本人のもの、という原点にも戻れたと話していた。
宮下今日子
(シルバー産業新聞2020年5月10日号)
前田さんのケアプランは、デイケア週1回、デイサービス週1回、訪問看護週1回(2月で終了)、訪問リハ週1回、福祉用具レンタル(介護ベッド、車いす、電動車いす、4点杖、Pトイレ)。目標は「主体的に自立した生活をすることができる」とした。
Bさんは母親と同居すると、みるみる太ってしまった。基本ケアの手法で数値化してみると、体重は理想体重を10kg以上も上回っていた。水分摂取量も少なかった。ベッド上で過ごす時間が多く、動くのはPトイレ、食卓の往復程度。医師にこの基本ケアシートを見せたところ、タンパク質が少ないこと、濃い味付けが多く、水分も少ない点を指摘された。
脳血管疾患の基本方針の一つは「継続的な再発予防」。前田さんは、血圧や疾病の自己管理の支援、服薬の自己管理、生活習慣の維持を、項目に即しながらアセスメントしていった。
水分摂取については必要性を本人に説明し、その結果、改善がみられた。課題としては、転倒防止に留意し、タンパク質の摂取と活動量を上げることだと捉えた。
脳血管疾患のもう一つの基本方針は「セルフマネジメントへの移行」である。Bさんはリハビリを頑張りたいという気持ちと裏腹に、普段は何もしない。家にいてもすることがなく、家や社会での役割がない。夢は語るが現実味がない。Bさんに必要な支援は「心理的な回復の支援」と、「活動と参加に関わる能力の維持・向上」だと捉えた。
そして、前田さんはその2点について多職種に意見を仰いだ。医師、看護師、OTの意見は、Bさんは障害受容ができていないという点で一致していた。しかし、OTからは機能的回復の見込みは薄いが、新しい作業などの習得は可能という前向きな答えをもらった。
どうしたら障害を受け入れられるのか。どうしたら積極的にリハビリをするのか。前田さんは難問を抱えた。その時OTから、Bさんは目的を設定し切れてないのでは、と指摘された。
前田さんは、ケアプランは本人のものという原点を忘れていた自分に気付いた。そこで本人ともう一度向き合い、電車やバスを利用し外出したいこと(ニーズ)、一人で買い物や通院をすることで母の負担を減らしたいこと(長期目標)、電動車いすで定期的に外出できること(短期目標)という本人の希望を共有した。
Bさんのやる気を喚起するためか、医師はある時日記を付けてみたらとアドバイスした。しかし相変わらず実行できない。そこで前田さんは「夢ノート」を付けてみたら、と言い方を変えて伝えた。書き出すことで心の中に閉まっていた思いや感情が出てくればいいと願った。
するとBさんは、夢だったキッチンカーの実現に向けて、サンドイッチやホットサンドのメニューを書き始めた。サンドするチーズは何層にも色分けされ、職人技が光っていた。
前田さんはBさんの夢の実現をなぜ後押しできなかったのか、と少し後悔した。Bさんは周りが自分の夢を否定ばかりする、とある時つぶやいたからだ。
Bさんは自分を理解してくれた前田さんに心を開いたのか、その頃から、電動車いすで近所のコンビニに買い物に行き、母親の負担を減らす努力を始めた。さらに本郷にあるリハビリ教室を訪ねて電車にも乗るようになった。
ある日「今日は郵便局に行ってきたよ」と言うので、何をしに?と聞くと、仕事が見つかって、履歴書を送ってきたんだよと人が変わったように話した。その上、サ高住も申し込んだという。Bさんは自立に向けて動き出していた。
研修が終わると前田さんは、やり切った感が強いと話す。確かに自立支援ができたケースは誇っていいだろう。ケアマネとBさんとの心の触れ合いも、どこかほっこりする。
前田さんは、標準化は情報収集すべき項目が整理されているので、なぜその項目が必要か、どのようにアセスメントするかを考えながら、目的をもったアセスメントができた、と手応えを話す。一人でアセスメントし、サービスの選択に留まっていたこれまでの自分を反省した。介護福祉士を基礎資格とする前田さんには医療職との連携は高いハードルだったが、多職種の眼が入った意義は大きいと改めて実感。ケアプランは本人のもの、という原点にも戻れたと話していた。
宮下今日子
(シルバー産業新聞2020年5月10日号)