未来のケアマネジャー

チャンスもその逆も、問われる激動の時代を生き抜く賢明さ/石山麗子(連載15)

チャンスもその逆も、問われる激動の時代を生き抜く賢明さ/石山麗子(連載15)

 安倍総理を筆頭に政府が進める「SOCIETY5.0」は、サイバー空間と現実空間を融合するものだ。今やモノとインターネットは繋がり私たちの暮らしを支えている。繋がるデバイスは一兆個ともいわれる。そこから集まる膨大な情報をAIはリアルタイムに分析・予測して人間に提案する技術も既に可能となってきている。

 介護領域では経産省も含め近年技術開発が進められてきた。AIケアプランに関してみると、厚生労働省が研究に着手したのは2016年度だった。当時ちょうど介護支援専門官として、その研究を所管した。幸い現在も委員として継続的に携わらせて頂いている。当時を振り返れば、囲碁の世界で「アルファー碁」が人間に勝利し、多くの人を驚かせると同時に、近い将来AIに仕事をとってかわられるのではないかと多くの人が危惧した。ケアマネジャーの間にも同様に不安が広がったが、厚生労働省の研究事業や専門紙等で、その開発状況が公開されるにつれ、せいぜい現在のケアプランソフトに代わる程度という認識に変化していった。本当に大丈夫だろうか。

ケアマネの価値観によって左右されるAI開発の行方

 現行のケアプランソフトとAIケアプランをご存知だろうか。筆者なりの整理だが、共通点と相違点を整理してみた。共通点は、どちらもケアプランの一部を作成するということ、相違点一つ目としてケアプランソフトは、学習はしないがAIケアプランは学習し続けるということ。同じ状態像のアセスメントを入力しても、AIケアプランなら1月前と現在ではAIが提案してくるケアプランの内容は異なっている可能性は十分にある。

 相違点二つ目は上記で示すように学習するがゆえに、人間がAIに対して学習する方向性〈目的〉を示してあげなければならない。例えば小さい子に何が良くて何が悪いことなのか教えてあげるのに似ている。ケアマネジメントでいうなら、大きな目的は〝自立支援〟とし、自立とは何かを具体的に伝えなければならない。さまざま考え方はあるだろうが、現段階では過去のケアプランデータ(紙)から学習する限り、笑顔や意欲の向上は本人に接しないかぎりわからないので、指標として設定することは難しい。一方で例えば要介護度や歩行機能の改善、認知機能の改善、BPSDの症状の減少等は指標になるだろう。

 このように整理してみると、AI技術者だけでの開発は限界があることがわかる。まず、ケアプラン作成にあたりなにを〝価値〟の中心に据えるのか、使用者(実践者や経営者)が表明し開発段階から協働し携わらなければAIケアプランの開発はできない。机上の空論的なケアプランになってしまうであろう。

産業革命のなかでますます問われる倫理観

 私がケアマネジャーの皆さまと一緒に考えたい本論はここからだ。産業革命を迎えた今日、AI開発はケアマネジャーの発展にも縮小にもなりうるものだということだ。そこで最も大切なことは、AIケアプラン開発の第一目的は〝自立支援 〟でなければならない、ということだ。もし「大変な業務を楽にしてほしい」と〝自分優先〟の思考になるなら、ケアマネジメント実践における思考が利用者本位ではなくなっている証拠だ。介護支援専門員倫理に抵触する。あくまで第一目的は自立支援であり、その次の第二目的以下に、利用者のQOLの向上を目的としたケアマネジャー業務の円滑性・効率性の向上を据えることは問題ない。なぜか。

 いかなるときも専門職は倫理に則った思考を行う。それはテクノロジー開発においても例外ではない。そうでなければその専門職の存在価値を貶める結果となる。ケアマネジャーは今後ますます利用者の「尊厳」をまもり権利を擁護するために必要な存在であることは間違いない。業務効率化を第一目的とした場合、開発の究極の行き着く先は、ケアマネジャーがいなくても業務が成立する姿だ。だからこそ、AI開発において私たちは開発者(技術者や補助金助成をする厚生労働省)に目の前の業務が楽になることを第一義に考え、求めてはならない。

 AIケアプランの開発は、自立支援のためのケアプラン作成を補助するものであり、あくまでその効果は業務が効率化される存在として、捉え続けることが肝要だ。産業革命、激動の時代に生き抜くケアマネジャーには、その存在の礎となる倫理観が問われそうだ。

 石山麗子(国際医療福祉大学大学院 教授)

(シルバー産業新聞2020年3月10日号)

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