半歩先の団塊シニアビジネス

ウィズコロナ時代の三世代コミュニケーションツール/村田裕之(連載159)

ウィズコロナ時代の三世代コミュニケーションツール/村田裕之(連載159)

 緊急事態宣言が解除されたが、全ての国民に「新しい生活様式」が求められている。感染防止のために人との接触をなるべく避けるためだ。

 シニアにとってとりわけ辛いのは、自粛要請で旅行ができなくなったことだ。従来旅行市場をけん引していたのは、平日でも自由に行動できる60代以上のシニア層だったが、外出自粛で市場がほぼ消滅してしまった。緊急事態宣言が解除されても、多くの高齢者施設では外出や来訪者の受け入れが依然制限されている。

 こうした背景のもと、シニア向けに仮想現実(VR)を使った旅行サービスが登場した。利用者が行きたい場所を指定すると、業者が現場まで赴き、360度の写真を撮影してデータを送る。ヘッドセットを着用した利用者は、自宅にいながら行きたい場所の風景を楽しめるという。

 また、VRによる墓参りサービスも出現した。依頼があると業者が墓の周辺の風景や、墓参り前後の様子などを撮る。利用者は自宅にいながら自分が墓参りをしているような感覚を体験できるという。足腰の弱った高齢者にはコロナ禍がなくても便利そうに思える。

 しかし、こうしたサービスで本当に「現実感」を感じるだろうか。一度でもヘッドセット型のVRを体験した人はお分かりだと思うが、実物らしさ、リアリティとは程遠いのが実態だ。

 理由はヘッドセット装着による圧迫感とディスプレイ画質の低さだ。VRとはバーチャル・リアリティの略だが、VR機器を使えばリアリティを感じられるというのは幻想だ。

 人が遠く離れている先の様子を見てリアルに感じるのは別の理由がある。スタートアップのチカク(東京都・渋谷区)が提供する「まごチャンネル」がその例だ。

 このサービスでは、「家」の形をした専用端末を自宅の大画面テレビとケーブルでつなぐだけで、遠く離れた孫や子供の様子を見ることができる。端末にはSIMカードを内蔵しており、ネット環境がなくても通信できる。利用者にはシニア層が多いので、こうした簡便さが好まれる。

 孫と住む子供がスマホの専用アプリで送る動画や写真が、遠くに住む父母のもとに届くと、「家」の窓ランプが点灯する。まるで父母の家に孫が帰省してきたようだ。父母はテレビの電源を入れ「まごチャンネル」を選ぶと、送られてきた動画や写真を見ることができる。

 「孫が目の前にいるみたい」「こんなに話すようになったんだ」――。利用者の多くは「スマホでも孫の動画は共有できたが、テレビの大画面で見ると感動する。まるで孫が目の前にいるようで、つい話しかけてしまう」と言う。

 なぜ、まごチャンネルだとリアルに感じるのか。最大の理由は、ヘッドセットによる拘束がなく「大画面・高画質」で画像を観るからだ。

 一昨年大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、通常の劇場よりもスクリーンが大きいIMAXで観た人の方が、はるかに迫力を感じたという人が多い。人間は視野角が一定以上の大きさになると、二次元画像でも十分リアリティを感じるからだ。

 もう一つの理由は、「孫の様子」という父母にとってのキラーコンテンツだからだ。愛しい人や懐かしいものは、見た瞬間にそれにまつわる記憶が情動と共によみがえる。これが見た人にとって現実感をさらに深めるからだ。

 一方、まごチャンネルが優れている別の側面は、パソコンが不得手なシニアにとって遠く離れて暮らす家族との手軽なコミュニケーション手段となることだ。

 外出自粛要請後、Zoomなどのパソコンベースによるテレビ会議システムが急速に普及した。

 しかし、これらの仕組みはパソコンやネットに疎い多くのシニア層にとって敷居が高い。テレビ会議なのに、なぜ普通のテレビでできないのか―――。こんな質問が私のもとに寄せられている。

 まごチャンネルは、そんなITに疎い人でも日常使っているテレビで簡便に使えるコミュニケーション手段だ。

 ただし、現状の「まごチャンネル」ではZoomのような双方向のテレビ会議はできない。技術的には可能と思われるので、シニア層でも簡単に使えるテレビ会議メニューが提供される日もそう遠くないだろう。

 「新しい生活様式」には多くの「不(不安・不満・不便)」が伴う。コロナの時代でもシニアビジネスの基本は「不」の解消だ。

【村田アソシエイツ代表・東北大学特任教授 村田裕之】

(シルバー産業新聞2020年7月10日号)

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