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ルポ 大船渡山火事 沿岸部の特養 「想定外」を乗り越えた早期避難と課題

今年2月、岩手県大船渡市三陸町の特養「さんりくの園」(社会福祉法人三陸福祉会、短期・グループホームなど合わせて定員82人)は、近隣で発生した大規模山林火災で自治体の避難指示が出る前に全入所者を県内11施設へ自主避難させた。東日本大震災で施設が流失し58人を失った教訓が、今回の想定外の危機にどう生かされたのか――現場を取材した。
協定が生んだ「顔の見える」受け入れ網
沿岸地域の特養で結ぶ相互支援協定が機能した。火災発生5日目の3月2日、千田富士夫施設長(60)は役員会を招集。「延焼の速度と風向きを見れば、避難指示を待っては間に合わない」と判断した。各施設が即時受け入れ可能人数をオンラインで報告し、最も近い陸前高田市と住田町の2施設が計33人を引き受けたほか、最遠で約100㎞離れた盛岡市の施設まで含めて全員の行き先が決まった。
ただし受け入れ先には空床が十分あるとは限らない。ベッド15台を解体・搬送し、職員も夜勤体制を整えながら付き添った。「平時から研修や情報交換で互いのケア水準が分かっているからこそ、電話一本で動けた」と千田施設長は振り返る。
避難先からは周辺地域の避難指示解除を受けて、3月7日から順次、帰園が始まり、3月10日の鎮圧宣言を受けて、翌11日に避難者全員が無事戻った。
ただし受け入れ先には空床が十分あるとは限らない。ベッド15台を解体・搬送し、職員も夜勤体制を整えながら付き添った。「平時から研修や情報交換で互いのケア水準が分かっているからこそ、電話一本で動けた」と千田施設長は振り返る。
避難先からは周辺地域の避難指示解除を受けて、3月7日から順次、帰園が始まり、3月10日の鎮圧宣言を受けて、翌11日に避難者全員が無事戻った。
400万円超の持ち出し
避難関連費は計約400万円に膨らんだ。内訳は入所者移送費、受け入れ施設への居住・食材料費(約200万円)、職員の超過勤務手当・通勤費など。
国の災害救助法は「避難指示区域から自治体指定避難所への移動」にしか公費補助を認めておらず、今回はすべて対象外。岩手県は独自に職員分(約200万円)を補助するが、施設間の実費負担は今も法人の持ち出しだ。
千田施設長は「損失を恐れて避難をためらう事態を防ぐためにも、早期避難にかかった費用を補填する恒常的な制度が必要だ」と訴える。福祉防災の専門家も「柔軟な補助枠を法改正で明記すべきだ」と指摘する。
国の災害救助法は「避難指示区域から自治体指定避難所への移動」にしか公費補助を認めておらず、今回はすべて対象外。岩手県は独自に職員分(約200万円)を補助するが、施設間の実費負担は今も法人の持ち出しだ。
千田施設長は「損失を恐れて避難をためらう事態を防ぐためにも、早期避難にかかった費用を補填する恒常的な制度が必要だ」と訴える。福祉防災の専門家も「柔軟な補助枠を法改正で明記すべきだ」と指摘する。
BCPにない「山火事」という盲点
介護報酬改定(2024年度)で策定が義務化された事業継続計画(BCP)にも、同施設は「台風・豪雨・感染症」は盛り込んだが山火事のリスクは記載していなかった。
今回の経験を踏まえ、今後▽火災、火山噴火など地域特性に合わせたハザード追加▽協定先の空床▽物資▽人員情報をリアルタイム共有するデジタル台帳▽避難先で使えるレンタルベッド/医薬品の平時確保――を盛り込むことを検討すべきではないかと言う。
三陸地域は震災後も人口流出が続き、高齢化率は市平均を上回る。医師不足や空き家増加など地域課題は山積みだ。千田施設長は「住み慣れた土地を離れられない高齢者を守る最後の砦が特養。だからこそ“逃げ遅れゼロ”へ備えを尽くしたい」と語った。
今回の経験を踏まえ、今後▽火災、火山噴火など地域特性に合わせたハザード追加▽協定先の空床▽物資▽人員情報をリアルタイム共有するデジタル台帳▽避難先で使えるレンタルベッド/医薬品の平時確保――を盛り込むことを検討すべきではないかと言う。
三陸地域は震災後も人口流出が続き、高齢化率は市平均を上回る。医師不足や空き家増加など地域課題は山積みだ。千田施設長は「住み慣れた土地を離れられない高齢者を守る最後の砦が特養。だからこそ“逃げ遅れゼロ”へ備えを尽くしたい」と語った。
2施設で受入れした堤福祉会 お互い様の気持ち

今回の受入れ施設となった堤福祉会の特養「らふたぁヒルズ」(ユニットケア、定員60人)と特養「三陸園」(定員50人)。3・11の津波が襲った大槌町吉里吉里にある。施設はともに高台にあり全壊は逃れたが、自宅にいた非番職員や利用者家族が甚大な被災を受けた。
同法人の受入れは11人。当初はらふたぁヒルズ7人、三陸園4人と分散したが、その後、1ユニットを空けたらふたぁヒルズに全員を集約した。元の入居者は残りの5ユニットに2人ずつ分かれ、2人同室で対応した。
「一部の部屋で2人入居の不自由があったが、3・11の経験からお互い様という気持ちで、テレビのニュースで山火事を知り、早く収まればと願った。鎮圧宣言が出たときは、みなで喜んだ」と、施設長の松村とく子さん。
避難者に三食の食事のほか、足りないおむつなどが提供された。
避難者のケアは、受け入れた9日間、さんりくの園の職員が通って対応した。男性職員は家には帰らず家族室に泊まって従事。看護師も来た。「11施設への分散避難だったので、さんりくの園の職員さんも対応がたいへんだったと思う」と松村さんはねぎらった。
同法人の受入れは11人。当初はらふたぁヒルズ7人、三陸園4人と分散したが、その後、1ユニットを空けたらふたぁヒルズに全員を集約した。元の入居者は残りの5ユニットに2人ずつ分かれ、2人同室で対応した。
「一部の部屋で2人入居の不自由があったが、3・11の経験からお互い様という気持ちで、テレビのニュースで山火事を知り、早く収まればと願った。鎮圧宣言が出たときは、みなで喜んだ」と、施設長の松村とく子さん。
避難者に三食の食事のほか、足りないおむつなどが提供された。
避難者のケアは、受け入れた9日間、さんりくの園の職員が通って対応した。男性職員は家には帰らず家族室に泊まって従事。看護師も来た。「11施設への分散避難だったので、さんりくの園の職員さんも対応がたいへんだったと思う」と松村さんはねぎらった。
避難対応に当たった福祉用具事業者 サンメディカル大船渡店

2月26日大船渡市赤崎、綾里で山火事が発生。同日から翌日にかけて、綾里と赤崎(一部)地区に避難指示が出た。火事は1km先まで延焼。広域から赤い消防車が列をなし、夜になると裏山が赤く染まった。地区にある施設から電動ベッドやベッドキャスター、エアマット、手すり、歩行器の要請があった。避難指示の地域で福祉用具レンタル利用者は50人前後あり、ケアマネジャーから避難先への用具提供の依頼が相次いだ。営業所の在庫確認や盛岡市の本社へ出荷依頼などに追われた。
おむつのサンプル品など無償提供できるものは避難所に届けた。
レンタル利用者の中には、「家が全焼した人や、お元気に見えたのに、避難所に歩行器を届けた翌日に亡くなられた人がいる」と、サンメディカル大船渡店の上席主任、中井宏幸さん。
「懸念は避難地区の拡大で、当営業所のある赤崎地区の一部はすでに避難指示が出ており、避難指示地区になると立入りができなくなり、用具が持ち出せない」と、営業の村上和喜さん。職員は帰宅時、ベッドなどを山積みして商用車で帰宅したと言う。
同店は2004年5月の開所。営業スタッフ7人、事務2人の9人体制。
おむつのサンプル品など無償提供できるものは避難所に届けた。
レンタル利用者の中には、「家が全焼した人や、お元気に見えたのに、避難所に歩行器を届けた翌日に亡くなられた人がいる」と、サンメディカル大船渡店の上席主任、中井宏幸さん。
「懸念は避難地区の拡大で、当営業所のある赤崎地区の一部はすでに避難指示が出ており、避難指示地区になると立入りができなくなり、用具が持ち出せない」と、営業の村上和喜さん。職員は帰宅時、ベッドなどを山積みして商用車で帰宅したと言う。
同店は2004年5月の開所。営業スタッフ7人、事務2人の9人体制。
(シルバー産業新聞2025年7月10日号)