インタビュー

厚労省・樽見事務次官「高齢者の自立した生活をどれだけ長く維持できるかという視点」

厚労省・樽見事務次官「高齢者の自立した生活をどれだけ長く維持できるかという視点」

 2020年9月、厚生労働省事務次官に樽見英樹氏が就任した。樽見氏は昨年3月から内閣官房審議官兼新型コロナウイルス感染症対策推進室長を務めていた。介護保険制度創設にも携わった同氏に、介護保険制度20年を振り返ってもらうとともに、働き手不足や、介護予防の取組みなどの課題に向けた介護保険制度の取組みについて語ってもらった。

介護保険で介護の不安を減らす

 私は2000年当初に老健局に所属し、介護保険制度創設に携わった。その後は、介護関連以外の部署に所属していたが、その間も介護保険制度の動向については常に気をかけていた。

 介護保険制度は、家庭内介護、あるいは、子供と同居していない高齢者の介護の不安を減らすという目的のもと、創設された。

 現在、利用者は約500万人、介護に係る給付費も3兆円から10兆円へと大幅に増えている。この20年で介護保険制度は、高齢化が進む我が国にとって非常に重要な制度になったと実感している。

 そして次なる大きな課題は①働き手となる若い世代の減少②サービス利用が大きく伸びてきたことによる保険料増――にどのように対応していくかということ。これらの課題に対して厚労省では様々な取組みを予定している。

人にしかできないことに注力できる環境をつくる

 介護は人との関わりが必要不可欠なサービスだと考えている。もちろん、業務の中で自動化・効率化できるところはした方が良いと思うが、工場のように一律全てを自動化できるサービスではない。高齢者が介護サービスを安心して利用できる環境を作るためにも、安定した人材確保は絶対に必要だ。

 40年に向けて若い人の減少幅が大きくなるため、ソフトランディングできるよう、今から人材の確保、または育成することが非常に重要だ。

 介護保険事業計画に基づいて試算すると、今後必要となる介護人材の数は25年度末までに55万人。年間で6万人程度を追加で確保しなければならない。

 必要となる介護人材を確保するためには、処遇改善のほか、職場環境の改善による離職防止、育成による人材定着など、総合的な取組みが必要となる。

 厚労省は介護職員の賃金向上のため、19年10月から経験・技能のある介護職員に重点化したさらなる処遇改善として「介護職員等特定処遇改善加算」を新設した。

 特定処遇改善加算の算定率は20年3月時点で59.4%と、まだまだ算定できていない事業者が多い。算定できない要因をしっかりと分析・改善して、本来の目的である処遇改善に多くの事業者が取り組めるようにしていく必要がある。

 人材については、若い世代だけではなく、元気高齢者を働き手として雇用する取組みも推進している。継続して働ける環境づくりは、高齢者自身の健康維持や、やりがい作りとしても良いことだと思う。

 また、より幅広い人が介護業界で働きやすいよう入門的研修の普及や、外国人人材の受け入れ環境の整備等も行っている。

 介護分野は完全な自動化ができないと申し上げたが、できるところは介護ロボット、ICT技術を活用し、人にしかできないことに注力してもらえる環境作りにも取り組んでいただきたい。

利用者中心のケア論へ今一度見直してほしい

 介護保険制度は「制度論」と「ケア論」を意識的に区別してそれぞれ議論されてきた。制度論というのは、保険料をどのように集めて、サービスを遂行し、限度額管理を行うかなど、いわばお金の流れの管理である。
 一方でケア論は、例えば同じ介護の給付でも、そのサービスをどのように提供することが、本人の能力を上げるために一番良い方法かを考えて取り組むことだ。
 つまり、サービスの中身に属することについての考え方であり、医療では「ケア論」を医学が担ってきた訳だが、介護では現場の方の経験知で提供されていた面があるように思う。
 今でもケア論は大変重要だが、最近ではその視点が薄れてきていると感じる。この理由として考えられるのが、介護報酬にある「加算」という仕組みだ。
 加算がついているということは、良い取組みとして評価しているということだが、それによりかかってはいけないと思う。
 介護保険発足当初の介護報酬はもっと単純だった。悪く言えば粗削りだった訳だが、介護サービスは個々人の生活に密着しており、単純な仕組みのなかで、より良いサービスとはどのようなものか議論されてきたという面がある。
 この「ケア論」の視点を、制度を運営する我々も介護現場の方にもいま一度思い起こしていただきたい。
 「報酬がつくので加算通りサービスを提供しましょう」ではなく、「利用者の生活の質を上げるためにはどのようなサービスが必要か」を考えながら取組んでいただきたい。

効果・費用・本人の満足度に繋げるエビデンス活用

 厚労省では現在、リハビリテーションに関するデータを「VISIT(ヴィジット)」で収集しており、20年度からは「CHASE(チェイス)」による高齢者の状態やケアの内容等に関するデータの収集を開始した。

 エビデンスを集めるのは大変重要なことで、介護保険が成功したのも、エビデンスに基づく「要介護認定」という仕組みを導入したためだと言える。

 要介護認定により、「お世話(介護の必要量)」を時間に換算して、様々な介護サービスから利用する介護の量を足し引きしたり、比較できるようになってきた。

 今後は、介入による改善効果や、別サービスが介入した場合との介護費用の比較、さらに本人の満足度も含めてアウトカム評価に繋げられるよう、エビデンスをしっかり集めていきたい。

高齢だけでなく障がい、子育ても支える地域包括ケア

 地域包括ケアの発想が国の施策の第一に置かれるようになったのは、介護保険の一つの功績と言える。

 介護保険制度は、ケアマネジメントという仕組みを導入し、様々なサービスをその人に合った内容で総合的に提供できる仕組みを導入している。

 現在社会問題の一つにもなっているのが、80代の親がなんらかの要因で引きこもりとなっている50代の子供を経済的に支援する「8050問題」だ。

 この場合、高齢者の介護サービスを導入する際に、一緒に暮らしている子供の支援についても考える必要がでてくる。

 地域包括ケアは高齢者だけではなく、障がい者や子育てなど地域で多様なニーズを持っている人にもサービスを提供し支えていくイメージだ。

 介護保険ができたことで、地域で助け合って暮らしていくという地域共生の理念が、この20年でかなり推進できた。今後もこの考えをもとに取組んでいかなければ、高齢者人口がピークに達する40年を乗り切れない。

感染対策から恒久化へオンライン診療の形

 現在コロナの影響により、医療機関に行くことによる感染リスクを考えて、受診を控えるケースが増えている。

 そこで、感染のリスクを抑えながら、必要な人が安心して医療を受けられる体制を整えるため、オンライン診療を推進している。

 オンラインのため、遠く離れていても相談ができることなどメリットがある一方、文字情報や画像情報、言葉の情報でしか診断できない側面もあり、対面診療を超えられない部分もある。

 例えば、腹痛の症状の診察では触診も判断材料の一つとなるが、オンライン診療ではもちろん触診ができない。

 現在は、感染対策の一環としてオンライン診療を推進しているが、今後の制度の運用については、専門家の意見も聞きながら、オンライン診療の良い面を活かした恒久化に向けて、適切な方法を検討していきたい。

医療と連携した介護予防の取組み強化

 私が保険局にいたころに取り組んだのが、介護予防事業と後期高齢者の保健事業の一体的実施だ。特に注力したのが元気高齢者の介護予防事業で、極力、医療サービスを受けなくても良い状態を維持してもらうという視点だった。

 もともと、後期高齢者医療でも健康寿命を延ばすためのさまざまな取組みはできるのだが、実施している後期高齢者医療広域連合はわずかで、形式通りの健康診断のみ実施しているところが8割以上だ(グラフ)。

 一方、健康寿命を延ばす取組みは、介護予防事業や総合事業で取り組まれていた。

 従来の運用方法では、健康保険の仕組みの方では介護専門職や栄養士との連携、介護保険サービスの方では保健師など医療専門職との連携などのハードルが高かった。

 そこで、介護予防に繋げるための多職種の関わりをスムーズに実施するために、後期高齢者の保健事業と介護予防事業が一体的に実施できるよう制度を変更した。

 20年度からは、75歳以上の後期高齢者を対象とした「フレイル健診」を導入。健康診断で活用されている現行の質問票から、フレイルの状態をチェックする質問票へ変更した(表)。

地域ニーズを把握し適切なサービス供給を

 各自治体の皆さんには、地域の介護ニーズを把握して、地域で求められている介護サービスの供給体制の構築などに取組んでほしい。

 しかし、単に必要なサービスを必要なだけ提供するというのではなく、▽サービスの提供の仕方がサービス料にどのように影響するのか▽健康寿命を延ばすために必要なことは何か▽自立した生活を支援するための適切なサービス体制をどのように構築するか――を考えていただきたい。

 高齢者の自立した生活をどれだけ長く維持できるかという視点で、ふさわしいサービスを提供するということであり、そこでまさにケア論が活きてくるということだと思う。

 我々も、より良いケアが提供できる環境整備を制度面、報酬を含めて取組んでいく。

 感染対策に取組みながら最前線で働かれている皆様へ 新型コロナ感染予防に取組みつつ、最前線でサービス提供していただいている職員の皆様には、大変なご苦労をおかけし感謝申し上げる。

 新型コロナは感染すると、特に高齢者は重症化しやすい特性を持っている。その高齢者の生活を支えている、介護現場の皆さんには非常にご苦労をおかけしていることと思うし、その不安にも応えていかなければならないと思う。

 介護現場では、今でも感染対策だけではなく、高齢者の元気につなげるような取組みを工夫していただいている。

 厚労省としても、介護の現場でしっかり感染防止対策を行いながら、サービス提供できる体制を維持するための支援を行っていく。

(シルバー産業新聞2021年1月10日号)

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