コラム

「娘と一緒にバージンロードを」

「娘と一緒にバージンロードを」

 写真は令和2年2月22日に催された、ある結婚式の一幕だ。バージンロードを進むのは、新婦の奈穂さんとスタンディング車いすに乗る父・藤本幸雄さん。藤本さんはこれまで大切に育ててきた長女を新郎のもとまで見事にエスコートした。「バージンロードを娘と歩きたい」。その願いを叶えたのは、藤本さんの頑張りとその熱意に打たれた周囲のサポート。そして、このあまり見慣れない車いすだった。

福祉用具が支える日常

 藤本幸雄さん(63)は3年前に医師から多系統萎縮症と診断された。両足に違和感を覚え、仕事中にふらついて転倒し、頭をケガしたこともあった。神経内科や脳外科など、色々な病院で検査を受けたが、病名がわかるまでに1年近くかかったという。多系統萎縮症は神経難病のひとつで、パーキンソン病のように、動作が遅く不安定になったり、ろれつがまわりにくくなったりするといった症状がある。
 
 現在、藤本さんは要介護2。妻の明美さんは看護師で、仕事に行っている間、藤本さんは自宅で一人きりだが、レンタルしている屋内用車いすや手すりを使って、身の回りのことを一人でこなす。特に屋内用車いすは藤本さんのお気に入り。
車いすや手すりで身の回りのことをこなす

車いすや手すりで身の回りのことをこなす

 藤本さんを担当する福祉用具専門相談員の植野雅晴さん(日本基準寝具)は、「家の中だと、車いすを何度も転回させなければなりません。そこで小回りがきく小型で6輪タイプの車いすを提案しました」と説明する。

 植野さんの提案を受け入れるかどうか決めるのは藤本さん本人だ。車いすのクッションも入浴用のバスボードも、色々な機種を試して納得するものを選んだ。「イエス・ノーがはっきりしている方なので、こちらもかえって提案がしやすい」と植野さん。「試して課題がでてきたらまた別のものを試す」を二人三脚で繰り返し、今の生活環境をつくってきた。「いつも頼りにしています」と妻・明美さんからの信頼も厚い。
 
 藤本さんの趣味は野球観戦。昨シーズンは毎月のように球場へ行き、地元カープを応援したが、今年は新型コロナウイルスの影響で観戦はもっぱらテレビになってしまった。
ビール片手に地元カープを応援

ビール片手に地元カープを応援

周囲も懸命にサポート

 3人兄妹の末っ子、奈穂さんの結婚が決まった時、藤本さんは「娘と一緒にバージンロードを歩きたい」と思った。リハビリ関係の仕事に就く奈穂さんから、スタンディング車いすの話を聞き、植野さんへ相談。自費でレンタルすることを決めた。早速、植野さんはメーカーに協力を依頼。海外製だったため、空輸で日本に取り寄せてくれた。
 
 藤本さんの通うリハビリ事業所が練習場所を提供してくれ、藤本さん、明美さんに植野さんも加わり練習に臨んだ。実際に操作してみると、手のふるえで操作レバーを上手く扱えない。まっすぐにレバーを倒せるように、植野さんが添え木と段ボールでカバーを作った。「あんなに真剣な藤本さんは見たことがなかった」と振り返る植野さん。懸命に練習を重ねる藤本さんの姿に、周囲も自然と支えたいという気持ちになっていった。
妻の明美さんが見守る中、スタンディング車いすを練習する藤本さん

妻の明美さんが見守る中、スタンディング車いすを練習する藤本さん

 そして迎えた式当日。式場が用意してくれた、従来より幅広のバージンロードの上を愛娘と一緒に歩いた藤本さん。本番直前まで続けた練習と周りのサポートのおかげで、最愛の娘を新郎のもとへ送り届けることができた。

 途中、ドレスを車いすで踏んでしまったが、思わぬハプニングに会場はかえって盛り上がり、一層温かな雰囲気で包まれた。大仕事を終えてぐったりしているところに、奈穂さんから「おつかれ様」と労いの言葉をかけられた。式に参加した植野さんにも、新郎新婦から感謝の言葉や手紙が送られた。

 藤本さんは失語症のため、スムーズに言葉が出てこないが、快く取材を受けてくれた。「バージンロードを娘と歩く」目標を実現した感想を尋ねると、ゆっくり、はっきりと「私は車いすに乗っただけ。みなさんの協力があったからこそできました」と答えてくれた。
(福祉用具の日しんぶん2020)

【お知らせ】「福祉用具の日しんぶん2020」を発行いたしました

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