未来のケアマネジャー

複合的な課題に向き合うために/石山麗子(連載13)

複合的な課題に向き合うために/石山麗子(連載13)

 地域包括ケアの推進を目指して新たな学会が創設された。『日本地域包括ケア学会』だ。理事長は、地域包括ケア研究会の歴代座長を務めてこられた田中滋先生、事務局長は日本医師会前常任理事の鈴木邦彦先生だ。日本医師会の共催、後援には日本介護支援専門員協会も含まれる。会場にはあふれんばかりの人が集まったことは、地域包括ケアへの関心やこの学会への期待の高さそのものだ。職能ではない。〝学会〟の活動目的は、地域包括ケアを学術的な研究を通じて推し進めていくことだ。

 田中滋理事長は講演の中で「地域包括ケアシステムの深化には必然性がある」と述べられた。今日私たちが直面している課題は多様化・複雑化する中で、「自らが望む地域でずっと住み続けられそうだ」という実感、安心を感じるには、それらに対応できる重層化したしくみや体制が必要だ。

 一方で多様化・複雑化した課題を重層的な仕組みで支援したことの効果検証は、体温や血圧測、歩行速度など容易に計測できるものとは異なる。複雑なテーマをとり扱うからこそ学会が医療や介護の垣根を超えて設立され、そのこと自体が地域包括ケアの深化を示していると考える。いうなれば課された難題を研究によって紐解き、エビデンス・ベースの活動を後押しする新しい道が未来に向けて拓かれた。

 地域包括ケアへの取組みは「雲をつかむようなものだ」、そう感じる人もいるだろう。正解が見えない中で行う我がまちづくりは暗中模索だ。なかなか取組みが進まない地域もある。「あの地域は、〇〇さんがいるからできるのよ」という声も聞かれる。

 実際に強力なリーダーの牽引によって進められてきたケースは珍しくない。せっかくの取組みも代替わりや、他の地域で展開できないといった課題も透けて見える。活動実績を一人の匠の技で終わらせてはならない。取組みが進んだ理由はあるはずだが、客観性を示すための分析まで手が回らないのが現状だ。分析することによって何か示唆を得られるなら、地域包括ケアの構築を目指して汗をかきながら積み上げてきた実践を普遍化し、知を継承できるかもしれない。そこに研究の価値がある。

 第1回学会では、3つのシンポジウムが開催された。そのなかの一つに「社会的処方」がある。「社会的処方は問題解決の手段である」、そう説明されたのは佐々江龍一郎先生(NTT東日本病院総合診療科医長)だ。同氏はロンドンの医療機関で約7年家庭医として活躍した経歴がある。そのときの事例が紹介された。

 自分の病気の治療に積極的に向き合えない患者がいた。その患者はとにかく毎日が辛いという。話をきけば妻が他界し何もする気になれないこと、妻の看病のために仕事を辞めて介護に専念したこと、今は家に閉じこもっていることが語られた。日本でも類似のケースはある。このようなケースでは病気の指導だけでは効果は期待できない。そこで家庭医は病気以外に社会的機能にアプローチする必要性を見出した。家庭医は患者にカウンセリングを受けられる機会を確保し、ケースワーカーを通じて彼にあったサークルに入れるようにした。例えば家には歴史の書物が並べられており彼の歴史への関心度の高さから歴史のサークルを紹介した。1カ月後、彼には友人ができ、自分で仕事も獲得した。さて、家庭医がしたことは何か。病気の治療の範囲を超え、その人のニーズを見出し、プラスの循環に転換したことだ。

 医療機関に訪れる患者のうち、医療以外のニーズを有する者は、全体の20%を占めるという。本当はニーズがあるのに、それが医療ニーズではないからと見過ごされれば患者は良くなる機会を逸する。今日の日本は高齢、障害、貧困、孤立、虐待や自殺等医療と直接的に関連しなくても見過ごすことのできないニーズを抱えている人・世帯は増加している。ケアマネジャーも日々肌身で実感していることである。社会的処方は、かかりつけ医の社会的機能と多職種連携を進展させるツールとなる可能性は大きいかもしれない。

 ケアマネジャーは複合的な課題を有する者の支援を多職種と共に行ってきた。一方でその実態を研究に語らせ、普遍化した技能として共有してきたか。ケアマネジャーが実践・研究・教育の三位一体の概念の重要性を改めて認識することで、地域包括ケアにおけるケアマネジャーの価値は大きく発展する可能性を持つ。「臨床家(実践家)であり研究者であること」。これから求められる専門職像だ。そのような専門職が増えれば、地域には実践に基づいた重層化した仕組み、包括的にケアする体制の整備が推進される。これにより自ら望む地域で最期まで暮らし続けられるという見通しをより多くの人が感じすることができ、地域包括ケアの深化の目的に大いに寄与できるだろう。

石山麗子(国際医療福祉大学大学院 教授)

(シルバー産業新聞2020年1月10日号)

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