インタビュー・座談会
《より良い介護のために》後半 石山麗子/大熊由紀子/飯塚裕久
どのような考え方に立てば、介護の現状をより良くできるのか。介護の制度や実態をよく知るお三方に、示唆に富む議論をしていただきました。11月11日の「介護の日」を記念して行われた特別座談会、後半。
自分で人生を選べる環境を整える
石山 介護を語る上で、重要な課題としてあるのが認知症です。いま、認知症の方は本当に増えてきています。そうした中で、認知症の方が電車に轢かれ、家族が損害賠償を求められる訴訟なども起きました。
愛知県のケースでは、91歳のご主人が、介護をしていた85歳の奥様がうたた寝をした数分の間に、家の外に出てしまい事故が起きてしまいました。この時、徘徊感知機器の電源が入っていなかったとのことですが、24時間、気を抜かずに見守るなんて果たして本当にできるのでしょうか。
認知症になっても住み慣れた家や地域で自由に暮らしてもらいたい。けれども、事件や事故に遭われたら困るので施設入所を選んだり、身体を拘束したりする。そうした矛盾や価値の対立に苦しんでいらっしゃる方は本当に多いと思います。認知症ケアのあり方や、どのように自分らしく暮らしていけば良いのかについて、お二人の意見をお聞かせください。
飯塚 向かうべき方向は、縛ろうかとか、隔離しようとかではなくて、例え認知症になっても、その方が適切に自分の人生を選ぶことができる環境を整えていくことです。それを周りが応援する社会を実現するのがゴールかなと思います。
大熊 私の母も認知症になりましたが、この分野を勉強していましたので、母のことを褒めちぎりました。台所に立つことや、よろよろしながらも一人でトイレに行けたこと。嘘やお世辞ではなく、本気で褒めました。認知症になっても機嫌よく暮らしたのは、たぶん私が褒めるツボを心得ていたことが大きいと思っています(笑)。
石山 そこは大事ですよね。その人の人生を知るとか、大事にしてきたことを知るとか。どこに自尊心を持っているのかが分かっていると、そこに働きかけていくことができます。
大熊 私が仲良くさせてもらっている若年性の認知症の佐藤雅彦さんは、認知機能が低下してしまって、紙とペンを渡しても、字がぐちゃぐちゃで書けません。でもパソコンのキーボードなら打つことができます。それで、ついにご自身の本を2冊も書き上げてしまいました(笑)。
覚えたことをどんどん忘れてしまうので、タブレット端末を持っていて、そこに全部書き込んでいきます。外出する時も、どこの駅で降りるのか知らせるようにしてあって、目的の場所まで出かけていきます。毎日、フェイスブックに写真を添えて投稿しています。そうすると、みんなが「いいね!」と励ましてくれるので、一人暮らしだけれども淋しくない(笑)。認知症になっても、ITや外部記憶装置を上手く使って生活するという解決法もあります。
愛知県のケースでは、91歳のご主人が、介護をしていた85歳の奥様がうたた寝をした数分の間に、家の外に出てしまい事故が起きてしまいました。この時、徘徊感知機器の電源が入っていなかったとのことですが、24時間、気を抜かずに見守るなんて果たして本当にできるのでしょうか。
認知症になっても住み慣れた家や地域で自由に暮らしてもらいたい。けれども、事件や事故に遭われたら困るので施設入所を選んだり、身体を拘束したりする。そうした矛盾や価値の対立に苦しんでいらっしゃる方は本当に多いと思います。認知症ケアのあり方や、どのように自分らしく暮らしていけば良いのかについて、お二人の意見をお聞かせください。
飯塚 向かうべき方向は、縛ろうかとか、隔離しようとかではなくて、例え認知症になっても、その方が適切に自分の人生を選ぶことができる環境を整えていくことです。それを周りが応援する社会を実現するのがゴールかなと思います。
大熊 私の母も認知症になりましたが、この分野を勉強していましたので、母のことを褒めちぎりました。台所に立つことや、よろよろしながらも一人でトイレに行けたこと。嘘やお世辞ではなく、本気で褒めました。認知症になっても機嫌よく暮らしたのは、たぶん私が褒めるツボを心得ていたことが大きいと思っています(笑)。
石山 そこは大事ですよね。その人の人生を知るとか、大事にしてきたことを知るとか。どこに自尊心を持っているのかが分かっていると、そこに働きかけていくことができます。
大熊 私が仲良くさせてもらっている若年性の認知症の佐藤雅彦さんは、認知機能が低下してしまって、紙とペンを渡しても、字がぐちゃぐちゃで書けません。でもパソコンのキーボードなら打つことができます。それで、ついにご自身の本を2冊も書き上げてしまいました(笑)。
覚えたことをどんどん忘れてしまうので、タブレット端末を持っていて、そこに全部書き込んでいきます。外出する時も、どこの駅で降りるのか知らせるようにしてあって、目的の場所まで出かけていきます。毎日、フェイスブックに写真を添えて投稿しています。そうすると、みんなが「いいね!」と励ましてくれるので、一人暮らしだけれども淋しくない(笑)。認知症になっても、ITや外部記憶装置を上手く使って生活するという解決法もあります。
「誇り・味方・居場所」 が大事
石山 最先端のテクノロジーやロボット、人工知能が介護の分野にもどんどん入ってくることで、新しい介護の形が生まれつつあるとのことでした。
最後にお二人が考える「理想の介護」がどのようなものかについて、お聞かせ願いたいのですが。
飯塚 いま、認知症の話がありましたが、認知症の定義というのは、一度獲得した知能が、脳の病的変化によって著しく低下した状態で、かつ、社会生活に支障をきたす状態とされています。でも考えてみたら、僕たちも18歳頃に脳の成長が止まり、そこから少しずつ軽くなってきています。それでも、社会生活に困らないから認知症と呼んでもらえず、介護保険も使わせてもらえない(笑)。
だから、認知症の方が社会的に困らない環境をつくることができたなら、少なくとも、世の中から認知症という言葉は無くすことはできます。そこは介護の現場が努力することで実現していくことができる。鼻息を荒くして、「日本的介護を輸出するぞ!」とかではなくて(笑)。
大熊 私が考える「理想の介護」は、自分が過ごしたい居場所があり、そこには味方がいて、誇りがもてる状態だと思っています。でも、「理想とほど遠い介護」を受けておられる方は多いのではないでしょうか。居場所とはとても思えないような精神病院のような環境で過ごしたり、味方と思えるような、職員がいなかったり。
ある大学の名誉教授だった方が、入居していた有料老人ホームから肺炎になって病院に入院しました。ホーム内では杖を振り回したりして、認知症の周辺症状がひどいという話だったのですが、入院中は「先生」などと呼ばれて、その方の誇りを大切にしたケアが提供されました。そうすると「君の指導教官は誰かね」とか言って、機嫌よく肺炎も治りました。でも、結局、退院先は遠方の精神病院です。
暴言や暴力は、周りにいる人たちが味方じゃなく、敵に見えるからだと思います。自分の誇りを大切にしてくれる居場所があり、味方がいて、自尊心を大切にしてくれる。そうした「誇り・味方・居場所」が守られる全体の仕組みができたなら、「理想の介護」になると思っています。
石山 介護保険は身近な市町村が保険者なので、行政・事業者・利用者の距離が近くなっています。本日の話を伺って、「理想の介護」を実現していくためには、みんなが地域で一緒になって考え、制度や社会を創っていくことが大切なのだと感じました。今日は長い時間、ありがとうございました。(了)
最後にお二人が考える「理想の介護」がどのようなものかについて、お聞かせ願いたいのですが。
飯塚 いま、認知症の話がありましたが、認知症の定義というのは、一度獲得した知能が、脳の病的変化によって著しく低下した状態で、かつ、社会生活に支障をきたす状態とされています。でも考えてみたら、僕たちも18歳頃に脳の成長が止まり、そこから少しずつ軽くなってきています。それでも、社会生活に困らないから認知症と呼んでもらえず、介護保険も使わせてもらえない(笑)。
だから、認知症の方が社会的に困らない環境をつくることができたなら、少なくとも、世の中から認知症という言葉は無くすことはできます。そこは介護の現場が努力することで実現していくことができる。鼻息を荒くして、「日本的介護を輸出するぞ!」とかではなくて(笑)。
大熊 私が考える「理想の介護」は、自分が過ごしたい居場所があり、そこには味方がいて、誇りがもてる状態だと思っています。でも、「理想とほど遠い介護」を受けておられる方は多いのではないでしょうか。居場所とはとても思えないような精神病院のような環境で過ごしたり、味方と思えるような、職員がいなかったり。
ある大学の名誉教授だった方が、入居していた有料老人ホームから肺炎になって病院に入院しました。ホーム内では杖を振り回したりして、認知症の周辺症状がひどいという話だったのですが、入院中は「先生」などと呼ばれて、その方の誇りを大切にしたケアが提供されました。そうすると「君の指導教官は誰かね」とか言って、機嫌よく肺炎も治りました。でも、結局、退院先は遠方の精神病院です。
暴言や暴力は、周りにいる人たちが味方じゃなく、敵に見えるからだと思います。自分の誇りを大切にしてくれる居場所があり、味方がいて、自尊心を大切にしてくれる。そうした「誇り・味方・居場所」が守られる全体の仕組みができたなら、「理想の介護」になると思っています。
石山 介護保険は身近な市町村が保険者なので、行政・事業者・利用者の距離が近くなっています。本日の話を伺って、「理想の介護」を実現していくためには、みんなが地域で一緒になって考え、制度や社会を創っていくことが大切なのだと感じました。今日は長い時間、ありがとうございました。(了)
(介護の日しんぶん2016年11月11日)