インタビュー・座談会

特別座談会 生産性向上の取組が定着する職場とは

特別座談会 生産性向上の取組が定着する職場とは

 少子高齢化と生産年齢人口の減少が同時に進む中、介護現場では業務改善や生産性向上の取組みに着手し、国や自治体もさまざまな施策で推進を図っている。厚生労働省から介護業務効率化・生産性向上推進室の秋山仁室長補佐(収録当時)、積極的に生産性向上に取り組む事業者として、福祉用具大手ヤマシタの山下和洋社長、単独型居宅介護支援事業所を運営するマロー・サウンズ・カンパニーの田中紘太社長に登場頂き、生産性向上の取組みが定着するためのポイント、さらにはケアプランデータ連携システムや福祉用具サービスの活用などについて幅広く語ってもらった。

生産性向上に取り組む意義

秋山
 生産年齢人口が減少を続ける中で、人材確保が喫緊の課題となっていることには論を俟ちません。国も処遇改善、多様な人材の確保、介護の仕事の魅力発信といった総合的な人材確保策に取組んでおり、柱の一つに生産性向上の推進を掲げています。

 我々が2019年に公表した「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」(生産性向上ガイドライン)では、人材育成、チームケアの質の向上、情報共有の効率化を生産性向上に取り組む意義として位置づけました。これにより働く人のモチベーションの向上や楽しく働きやすい職場づくりを実現し、人材定着や確保、さらに業務負担の軽減で生まれた余力でサービスの質向上や介護の価値を高めるといった上位目的を達成していくことを、介護サービスにおける生産性向上と呼んでいます。

 さらに総理を議長とする「デジタル行財政改革会議」でも、特にデジタル化を加速させるべき重点分野として介護を位置付けており、将来的に生産性向上の取組みが進む事業所・施設を増やしていくとしています。国の予算を活用したテクノロジー導入支援の実施や前回の介護報酬改定で創設された生産性向上推進体制加算や一部サービスでの委員会の設置義務化などもその一環です。

田中
 当社のサービス提供エリアでは、いわゆる「ケアマネ難民」の問題が深刻化しています。要介護認定を受けても、担当ケアマネジャーを見つけることが非常に難しくなっていて、昨年7月に船橋市で開設した事業所には新規の依頼がひっきりなしに寄せられている状況です。このようなケアマネが不足している地域では、特にテクノロジーの活用などで生産性を高め、ケアマネ難民や介護難民を出さないように取組んでいかなければいけないと肌身で感じています。ただ当社のケアマネも平均年齢53歳と、決してテクノロジーが得意な職員ばかりではありませんので、焦らずに少しずつ慣れてもらうことを意識しています。

山下 
 当社でも業務改善やサービスの価値を高めるべく、DXの推進には積極的に取り組んできました。その中で、注力しているのが「デジタルの民主化」です。具体的には、社内で気軽にテクノロジーやAIを使いこなす人材の数を増やすことを指します。

 例えば、最近はプログラムの専門知識を持っていなくてもアプリなどを開発できるサービスが登場しています。当社では「ローコード/ノーコード研修」を実施し、参加者には実際にオリジナルのアプリを作ってもらっています。

田中 
 すごいですね。現場の福祉用具専門相談員がアプリ開発の研修を受けているのですか?

山下 
 もちろん福祉用具専門相談員も参加しています。出来上がったアプリには、残業の事前申請をその場で行えるものや、スマホのカメラを通じて福祉用具の配置イメージをAR(拡張現実)で確認できるものなどがあります。シンプルですが、いずれも普段の業務で感じている課題を解決するために作られたものです。1年で72人が参加し、実際に72のアプリ開発が行われました。

秋山 
 「デジタルの民主化」。素晴らしいですね。誰もが気軽にテクノロジーを扱える環境を目指す考えにとても共感します。

山下 
 ありがとうございます。デジタル人材のすそ野を広げることで、10年後の我々の業務が大きく変わっていくと期待しています。

秋山 
 いきなり大きな成果を求めず、小さな成功体験を積み重ねることで大きな流れを生んでいく。こうした考えも、生産性向上ガイドラインの方向性と一致するものです。
 国立塩原視力障害センターで就労支援員として勤務後、厚生労働省入省。補装具支給制度を担当する福祉用具専門官、介護業務効率化・生産性向上推進室室長補佐を歴任し、25年4月より高齢者支援課課長補佐。

 国立塩原視力障害センターで就労支援員として勤務後、厚生労働省入省。補装具支給制度を担当する福祉用具専門官、介護業務効率化・生産性向上推進室室長補佐を歴任し、25年4月より高齢者支援課課長補佐。

「ブレない」メッセージと評価の仕組み

秋山 
 生産性向上の取組みを継続し、定着させるポイントについて、どう考えますか。

山下 
 一言で言えば、一貫性を持つことだと思います。例えば、当社は社員のバリュー(行動基準)の一つに「挑戦」を掲げています。その実践を測る指標として、新しいツールや仕組みを積極的に取り入れることも含まれていて人事評価とも連動しています。

 会社の価値観や目指すべき方向性に合致した制度やモデルを構築していくこと。社内での私の発言もそれらと整合しているか、いつも注意しています。会社が目指すビジョンをブレずにつながりをもって発信し続けることが、生産性向上の取組みも含めて、現場の定着に欠かせません。

田中 
 全く同感です。当社が運営するのは単独型の居宅介護支援事業所で、収入は居宅介護支援費しかありません。一人ひとりに一定程度の担当件数を持ってもらわなければ、会社としての存続が危うくなりますので、この点は意識してほしいと日頃から社内でも伝えるようにしています。

 現在の平均担当件数は要介護者換算で41件です。ただし、担当件数とともに残業も増えてしまっているなら、それは生産性を高められていないことになります。したがって、残業時間の変化は指標として常に目を配っています。法定研修でも効率的な業務手順までは教えてくれませんので、40件以上担当しても誰もが業務時間内で終えられるように我々がフォローする必要があります。

 細かいことですが、事業所で事務作業に集中できる日を設けられるように訪問スケジュールを組むことも一つです。利用者訪問と事務作業は日を分けた方が効率的ですが、中途採用の経験者でもあまり意識していない人が少なくありません。こうした手順や工夫をマニュアル化して、一人ひとりの業務として定着するまで上司や先輩が伴走します。そうすると無理なく40件を持てるようになります。

 あとは当社も、勤務時間を人事評価と紐づけて、業務時間内で終えられる創意工夫を評価するようにしています。

秋山 
 生産性向上ガイドラインでも、経営層から業務改善や生産性向上に着手するキックオフ宣言を行うことをファーストステップとしています。現場職員が目的を理解・納得した上で一丸となって取り組むためには、まずは経営層の意思や姿勢をしっかりと示すことが重要で、そこにお二人はとても力を注いでいると分かりました。

山下 
 苦労して作り上げた仕組みに例外などの不具合が生じた時も、いかに会社方針と基本となるヤマシタの仕組みに整合した形で組み込むかが大事です。ここに経営層が骨を折らないと、何にしたって現場の取組みとして根付いてはいかないと痛感しています。随分と泥臭い話になってきました(笑)

秋山 
 経営者は泥臭く汗をかき、現場はスマートにということですね(笑)

田中 
 当社の場合、担当件数や個々の加算に対してインセンティブを付けて給与で還元しています。給与が変わらなければ、担当件数をあまり持ちたくないというのは当然の心理だと思います。

秋山 
 人事評価に取り入れるという点も両社共通していましたが、職員のモチベーションを高める仕組みや環境づくりもとても大切ですね。

田中 
 はい。インセンティブも生産性向上も、取り組みによって事業所の収益が上がった分を職員にしっかりと還元する仕組みが大事です。

秋山 
 当省主催の「介護現場における生産性向上推進フォーラム」が先月、東京と大阪で開催されました。登壇した居宅介護支援事業所では、生産性向上に取組み、一人当たり担当件数が増えた結果、平均で年収40万円の引き上げを実現できたそうです。ただし、事業所の収入も増えたので人件費率は変わっていません。職員のモチベーションを高め、また生産性向上の実践が定着していくポイントだなと感じました。
 慶應義塾大学卒業。2010 年ヤマシタコーポレーション(現・ヤマシタ)入社、高松営業所配属。13 年7月より現職。全国福祉用具専門相談員協会副理事長、日本福祉用具供給協会理事、日本リネンサプライ協会理事なども務める。

 慶應義塾大学卒業。2010 年ヤマシタコーポレーション(現・ヤマシタ)入社、高松営業所配属。13 年7月より現職。全国福祉用具専門相談員協会副理事長、日本福祉用具供給協会理事、日本リネンサプライ協会理事なども務める。

「まずは市区町村3割の利用へ」

――ケアプランデータ連携システムの導入状況について。

田中 
 先日、国保中央会から6月に始まる「フリーパスキャンペーン」の案内がありましたよね。実は使用している介護ソフトの事情もあって、まだ導入していない事業所もあったのですが、キャンペーン開始に合わせて全事業所で導入予定です。できる限りスムーズな導入・活用ができるよう、事務員を中心にサポートチームも編成しました。もちろん強制はできませんが、お互いの業務負担やコストを軽減するために、地域の事業所にも呼びかけたいと思っています。

秋山 
 ありがとうございます。フリーパスキャンペーンは、国の2024年度補正予算を活用した利用促進策の一環で、今年度は1年間無料で全ての機能が利用いただけます。導入を検討している事業所には、電子証明書の確認や、手元にない場合の再発行手続きといった事前準備を今のうちから始めていただきたいです。

 田中さんがおっしゃったように、地域で呼び掛け合い、データ連携する仲間づくりにも取り組んでもらえるとうれしいですね。そのエリアの事業所の3割がシステムを利用すれば、普及の自然増が見込めるようになり、当面の市区町村のKPIとしても「管内事業所の3割が利用」と設定しています。先月時点で、65の市区町村が利用率3割を超えています。

 こうした地域を増やしていくために、都道府県が主体となり、ケアプランデータ連携を行う事業所グループを構築し、利用を促進する「ケアプランデータ連携による活用促進モデル地域づくり事業」も補正予算で今年度実施します。昨年度の同事業では、地域を代表する法人が中核となって呼びかけ、面的に利用が広がっていくモデルケースもありましたので、こうした施策でもデータ連携の輪を広げる後押しをしていきたいと思います。

山下 
 当社は展開する76事業所全てで導入済ですが、現在、継続的に利用しているのは約6割です。同システムでは1事業所1端末での利用が基本とされていますが、当社の各事業所は比較的人員も多く、複数の端末で利用ができればとても使いやすくなると感じています。フリーパスキャンペーンの話もありましたが、今後のアップデートにも期待しています。

秋山 
 実は複数端末でも運用は可能です。追加で費用を払ってライセンスを取得頂く必要もありません。ただし、その場合は送受信の履歴が個々の端末に分散されてしまいますので、事業所内で「どの端末で、いつ送受信したか」の管理を徹底いただくことが前提となります。これは個人情報保護法の関係で、システムに情報が蓄積されないよう、ダウンロードと同時に情報を削除する仕様となっているためです。事業所内で情報共有をきちんとしていただければ、複数端末での利用は差し支えありませんが、基本的に我々としては、担当職員を決めて頂き、1事業所1端末での運用を推奨しています。

山下 
 なるほど。

秋山 
 先般、ケアプランデータ連携システムのクライアントソフトがバージョンアップされ、CSVファイルの出力をすることなく、お使いの介護ソフトから直接クライアントソフトの下書きフォルダに送信用データを送るAPI連携機能が実装されました。受信時も介護ソフト上で確認でき、クライアントソフトからダウンロードできます。

 クライアントソフトをインストールしていない端末でも操作できますので、複数端末での運用は一定程度しやすくなるのではないでしょうか。ただ新機能への対応状況は、利用されている介護ソフトベンダーに確認いただく必要があります。

 一方で、データ連携を行っている居宅介護支援事業所でも担当ケアマネが都度、送受信をしているケースが多いのですが、効率的な運用という点では、やはり一人の職員に担当いただく方がいいのではないかと感じます。ケアマネの業務負担軽減が課題とされる中、データ連携は事務職員へタスクシフトするのも一つです。システムの導入とともに、効率的な業務フローも各事業所で検討いただきたいですね。
 「ケアマネジャーに特化し、質の高いケアマネジメントを実現する」をモットーに、都内・千葉県で単独型の居宅介護支援事業所7事業所を運営する。自身も今なおケアマネジャーとして現場に立つ。東京都介護支援専門員研究協議会理事。

 「ケアマネジャーに特化し、質の高いケアマネジメントを実現する」をモットーに、都内・千葉県で単独型の居宅介護支援事業所7事業所を運営する。自身も今なおケアマネジャーとして現場に立つ。東京都介護支援専門員研究協議会理事。

深刻なヘルパー不足 福祉用具貸与の可能性

――厚労省の「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方」検討会では、訪問系サービスにおけるテクノロジーの活用とともに、「訪問先の利用者に対する福祉用具貸与も負担軽減の面で活用していく」ことも論点として掲げられています。

山下 
 介護職員の負担軽減には、訪問系サービスも含め、リフトなどの福祉用具の活用は非常に重要です。我々、福祉用具専門相談員も適切で効果的な福祉用具の使い方を共有することで、チームで在宅利用者を支える力をさらに高めていけると思います。

 また、国も在宅でのテクノロジー推進を掲げ、「介護保険福祉用具・住宅改修評価検討会」でも福祉用具の通信機能の議論が行われていますが、日々進歩しているテクノロジーを上手く取り入れられれば、在宅介護における費用対効果の面でもメリットがあるのではないかと感じます。我々もそうした新しいものを適切に提案できる知識やスキルを身に着けていきたいですね。

田中 
 私もそう思います。例えば、服薬確認を目的に訪問介護が入ることもありますが、もし服薬ロボットで問題なく服薬ができるケースなのであれば、限られたマンパワーも費用も大きく抑えることができます。
服薬や転倒など在宅生活の様子をデータとして取得する媒体としても福祉用具には期待しています。

秋山 
 在宅のテクノロジー活用は、まさに私が所属する介護業務効率化・生産性向上推進室(収録当時)の担当分野です。在宅の環境は施設とは異なりますが、ぜひ現場からさまざまなアイデアを共有いただきたいですね。新しいテクノロジーを在宅で広げていく時に、福祉用具貸与の枠組みを活用するというのは一つの方法だと思います。

 またリフトは訪問系サービスの職員も含め、負担軽減として有効ですが、在宅では利用が進んでいない面がありますので、適切に利用いただくための推進策も検討の余地があるかもしれません。

山下 
 各検討会での今後の議論にも注目したいと思います。現在も在宅サービス利用者の6割超が利用する福祉用具貸与ですが、人材や費用面も含めて、これまで以上に介護保険を支える基盤として発展させていきたいです。

秋山 
 本日はお二人のお話をお聞きし、とても勉強になりました。生産性向上の取組みの成功には、テクノロジーの導入に止まらず、業務の管理や標準化、経営層のマネジメントが鍵になることを再認識しました。こうした現場の工夫や苦労を伺って、引き続き、制度設計に活かして参りたいと思います。本日はありがとうございました

田中・山下 
 ありがとうございました。
(シルバー産業新聞2025年4月10日号)

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