インタビュー

ともに生きる くも膜下出血で倒れた妻と/石川智信さん(2)

ともに生きる くも膜下出血で倒れた妻と/石川智信さん(2)

 内科医の石川智信さんは、万佐子さんとともに在宅患者を支えてきた。くも膜下出血で倒れ、右半身麻痺と全失語の後遺症を負った万佐子さんだが、石川さんは「小さなことでも家族が一緒に喜ぶことが大事」と話す。10年続く介護体験について語っていただいた(後半)

「医者を辞めたからできること」

 万佐子は24歳で医者になり、それから28年間ずっと現役で働いてきました。くも膜下出血で倒れた後も、「医者に復帰すること」を目標に日本舞踊や絵画を頑張っていました。
 しかし昨年、本人から「医者への復帰はやめて、第二の人生を歩みたい」と打ち明けられました。
 私は、在宅患者を支えたいとの思いで開業し、365日24時間サポートできる体制を整えてきました。万佐子も一緒に支えてくれていましたが、負担を掛けすぎてしまったと後悔しています。 
 ただ、「こうなって辛かったけれど、ずっと医者だったらできないことがやれて楽しい」と言ってくれて、とても心を救われました。
 今は踊りや絵画など、本人がやりたいと思うことを最大限サポートして、少しでも達成できたら、家族が一緒になって喜ぶことができ、幸せな気持ちになれます。

息子の裕太郎さん(左)とイタリア旅行

麻痺のある右手は衿で押さえて日本舞踊を披露する万佐子さん

自分の力で、自分らしく暮らす

 万佐子の介護を通じて感じたことは、福祉用具や装具の機能だけではなく、見た目も意欲に繋がるということです。麻痺の足につけている装具は大きいので、これに合うお洒落な靴が全くありませんでした。
 退院後、呼ばれた結婚式に参列する際は、テーピングで固定して、左右サイズ違いの靴を2足買ってその場をしのぎました。しかし、普段履ける靴はスニーカーがほとんどです。
 機能はもちろん大切ですが、本人が「使いたい」「出かけたい」と思えるような用具を見つけることも、より充実した生活に近づける重要なポイントだと感じました。そして、誰もが使いたいと思えるものが増えて欲しいと強く願います。
 万佐子は52歳と若くして倒れたため、リハビリ期間も短く、早期に杖で外出できるようになりました。通所リハビリ事業所を運営し、在宅患者を支える医師として、福祉用具は使う人が自分の力だけで生きていける手段だと実感しています。より多くの福祉用具に触れて、専門職と相談して自分に合ったものを見つけて欲しいです。(談)
 石川智信さん

 石川智信さん

(いしかわ・とものぶ)1983 年宮崎医科大学医学部卒業。同大学第2 内科入局、93 年、同大学第2 内科、助手。94 年、無床診療所いしかわ内科を開設し、在宅医療に取組む。95 年にデイケアを併設、現在に至る。全国老人デイケア連絡協議会理事、全国デイ・ケア協会理事、宮崎県医師会理事、宮崎大学医学部臨床教授、医療法人社団三友会理事長を務める。著書に「かかりつけ医の窓から」(鉱脈社)、「生と死をみつめて」(鉱脈社)など。

(福祉用具の日しんぶん2019年10月1日)

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