現場最前線の今

「やまゆり園再生基本構想」を考える①/中山清司(連載160)

「やまゆり園再生基本構想」を考える①/中山清司(連載160)

 2016年7月、神奈川県立の障害者入所施設「津久井やまゆり園」において、19名の入所者が殺害され、多くの入所者・職員が負傷された。いわゆる「相模原障害者施設殺傷事件」が発生し、4年が経つ。亡くなられた方々、ご遺族、関係者の皆様に心より哀悼の意を表すとともに、この事件を障害者福祉を担う一人として決して風化させてはならないと強く思うものだ。

知的障がい者施設のモデルめざして

静かに深くつながる子と家族

 この痛ましい事件は、事件の狂暴性だけでなく、犯人の優生思想と特異な言動、措置入院制度の見直し、施設現場で働く支援者のありよう、施設入所者とその家族が抱える事情、被害者及び加害者に対する報道のあり方、障害者施設における安全確保などさまざまな議論を引き起こしてきた。筆者がそれらについてもっともらしいコメントをつけるのは控えたい。それだけ事件が私たちに問う課題は大きく、それぞれについて私たちは不断に取り組まなければならないと思うからだ。ただ、事件当時を振り返ると「あそこの施設に入所していた人たちはどうなるんでしょう?」と、障がい者児を持つ親御さんたちが何人もわがことのように心配されていた様子が思い起こされる。障がいのある子どもとその家族は、そういうところで静かに深くつながっており、表に出ない不安や悲しみを周囲は感じ取ってほしいと思う。

 筆者はその一方で、入所施設で働く支援者たちの苦労と苦悩も思わずにいられない。犯人は元スタッフで、ここの施設で働いていた。犯罪はどこでも起こり得るし、確率論的に言えば、障害者施設でも犯罪や犯罪に近いような事柄(事件化されないような施設虐待もその1 つ)が一定の割合で発生する。誰もそれを望んでいないであろうことが、施設という場で人間性を否定する方向に流れていくことに、障害者施設とそこで働く支援者が抱える課題の大きさを思い知る。

ぜい弱な環境で希望を受けとめる

 行動障がいの激しい知的障がい・自閉症の人を抱える家族の多くが、施設入所を希望している。しかしすぐに入れる施設はなく、何年も入所待機を余儀なくされている。住み慣れた地域や家庭で過ごせなくなった障がい者とその家族がいて、それを受け入れる地域の資源も施設も脆弱なままで、一部の施設がその機能を懸命に果たそうとしている。しかし、そんな中で、障がいのある入所者に対し犯罪や障がい者虐待が起こっているのが現実である。

 施設で働く支援者からすると、給与待遇と労働環境の悪さ、一部家族・入居者からのクレームまがいの要望や行動障がい対応などに疲弊し、精神的に不安定になったり将来を悲観したりして早々に退職してしまうことも多い。施設における人材不足・人材流出は深刻な問題だが、国も自治体も利用者側も、施設職員の給与待遇を向上させるような手立てを渋っているのがもう1 つの現実だ(筆者が以前調べたところ、教員や公務員、一般的なサラリーマンと比べて年額で100万円~ 200万円も低い給与水準である)。

 地域社会を見ると、小規模の障害者グループホームでも反対運動が起こることがよくある。今回のコロナ禍では、筆者の身近な話として「マスクができない当事者のガイドヘルプはできない」とか「マスクができないならバスや電車の外出支援は断る」事業者があった。差別や虐待はいけない、障がい者の権利を守ろうという声がある一方で、障がい者が近くで暮らすのは嫌だ、マスクをしない障がい者は町に出てほしくない、そう思っている自分たちがいるのではないだろうか。

 事件から4年、さまざまな議論検討を経て、津久井やまゆり園の再生計画が具体的になってきた。今年1月に着工した新施設は、これからの知的障害者入所施設のモデルとなるだろう。神奈川県が策定した「津久井やまゆり園再生基本構想」をもとに、これからの入所施設を考えてみたい。


 NPO法人 自閉症eスタイルジャパン 理事長 中山清司

(シルバー産業新聞2020年8月10日号)

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