現場最前線の今

 当事者とともに働く場を作る 一般企業での 就労目指すも…  中山清司

自閉症の人が「働く」ということについて、自閉症の人たちによくあるエピソードを組み合わせた架空の事例から検討してみよう。

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 Aさん(男性、30代)はいわゆる高機能自閉症の方だ。大学生のころから事務系の企業を中心に就職活動を行ってきたが、結局、自分に合った会社は見つからなかった。
 多くの場合、面接の時点で断られるのだが、一度採用されて少しの期間は働いた経験もある。しかし、職場に入って1週間もすると、言われた仕事がうまくできなかったり、同僚や上司とのコミュニケーションで行き違いが起きたりして、最後は遅刻や無断欠勤を繰り返し、そのまま退職となった。



 その後は家でひきこもりのような状態になっていたが、特にAさん自身は不安定になることもなく、自室のパソコンでネットサーフィンをしたり、たまには近所に買い物に出かけるなどして過ごしていた。
両親が心配して発達障害者支援センターに相談をしたところ、精神科への受診を勧められ、渋る本人を連れて行くことになった。何度かの診察と心理検査を受け、自閉症と軽度のうつ状態と診断された。
 元々真面目な性格で、言われたことは一生懸命こなそうとするのだが、小さい頃から自分からこうしたいと主張することはほとんどなかったという。親や周囲から言われたままに進路を決め、学校の勉強にはよく取り組んできたが、「そういえば友だちは一人もいませんでした」とのこと。



 Aさんは自閉症と診断されてもピンと来ていない様子で、これまで通りの生活を変えるつもりもなかったようだ。しかし、両親は本人を何度も発達障害者支援センターや医療機関に連れて行き、今は就労移行支援事業所に通うようになった。
 就労移行支援事業所の職員によると、当面の目標は障害者手帳を取得して一般企業に障害者雇用で働くことだが、Aさん自身は障害者雇用で働くということがまだよくわかっていないようだという。両親は「学校の成績は優秀で勉強はよくできるのだから、一般企業で働けると思います」と言い、「正社員で、月給20万円以上の会社を探してほしい」と要望されている。



 Aさんに職業評価のための検査をしたところ、「慎重で作業スピードがとても遅い」「パソコンの入力ミスが時々ある」「1つの作業が終わったり材料が必要なときでも、自分から周囲に伝えることはほとんどない」「電話の応対がうまくできない」などの課題が見つかった。
 Aさんによると、「学校の試験は教科書に書いてあることを丸暗記して何とかできましたが、大学入試の模擬テストなどは覚える範囲がわからず大変でした」とのこと。高校の系列の大学に推薦で入学したのだという。



 就労移行支援事業の利用年限は原則2年間で、多くの利用者が障害者雇用での企業就労を目指している。仮にAさんがこの2年間で就労できない場合は、就労継続支援の事業所の利用が想定されるところだが、Aさん自身、また両親がそれを希望するかはまだ見通せてはいない。「就労継続事業A型では最賃以上のお給料は保障されますが、それを今の時点でAさんのご家族が受入れるのは難しいでしょう」と、移行支援事業所の職員は考えている。



 Aさんのような事例は、本人または家族が「一般企業での正社員、月給20万円以上」の企業就労を望んでいても、本人の実力がそれに伴っていないため、なかなか就労につながらないケースだ。特に学校時代の成績が優秀だったり高学歴だったりすると、それを根拠に企業でも十分に働けるし、それに見合う給料をもらえるはずだ――と捉えてしまっている。
 しかし現実には、社会に出て「働く」場合、学校の勉強とは別のスキルが求められる。つまり、多くの場合、学歴や学校のペーパーテストと企業就労は相関しない。むしろ、Aさんのように好待遇の会社を希望して、就労の機会を狭めていることもよくある。

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