地域力発見

東京都国立市① 独自施策で国の制度をカバー/宮下今日子(118)

東京都国立市① 独自施策で国の制度をカバー/宮下今日子(118)

 国立市は自治体独自の福祉サービスを創り出してきた。その一つが「地域参加型介護サポート事業」(以下、地サポ事業)。さらに、障がい者が65歳になっても「介護保険優先原理」に基づかず、障害福祉サービスを継続して使えるようにしている。また、認知症施策にも独自の「認知症高齢者生活見守り事業」を19年からスタートさせている。国立市の先進的な福祉施策を紹介したい。

 「私が地域で暮らすためには3人の介助者が必要。国は2人までしか認めてくれない。けれど国立市は認めてくれる」。こう説明するのは、重度の身体障がいを抱えて、国立市の自宅で長年暮らす三井絹子さん。「国の制度でヘルパーが入れない縛りがあった時でも、市役所の男性職員さんが来てくれた。エプロン姿は忘れられない」と振り返る。今では地域の理解が得られず困った時には、市長や健康福祉部長が一緒に行ってくれるそうだ。「国立市は私たちが地域で暮らせる街」と三井さん。

 三井さんが施設を出て国立市に来たのは1975年。行政とやり合い、市長室を占拠したこともあった。「ここまでの道のりはまさに「命を懸けた闘い」。当時福祉部長だった永見理夫さん(現市長)は、人権意識が高く、国の制度がどう足りないのか、私たちの要求は何なのかを話し合い、解決の糸口を見つけてくれた」と説明した。

 国立市は05年4月に「しょうがいしゃがあたりまえに暮らすまち宣言」を制定した。策定には当事者が参画し、宣言文は当事者が作った。行政は筆一本入れなかったという。三井さんは自分たちが認められたこの宣言を一番嬉しかったことの一つに挙げた。そして健康福祉部長の大川潤一さんは「この宣言で国立市の障がい者施策の方向が決まった。継続する意味で16年には条例を作り施行している」と制度の意義を語った。

「地サポ事業」とは

 三井さんは現在、国の「障害者総合支援法」と、この「地サポ事業」の二つを使っている。3人目のヘルパーはこのサービスによる。

 スタートしたのは06年の11月。内容は介護保険制度のように、サービス内容や時間に制限を設けず、長時間介護を可能にし、身近にいる介護人(無資格可)を自分で選べる点が特徴。

「地サポ事業」が出来た背景

 この事業を作るために、三井さんは仲間と一緒に3年かけて市と交渉を続けた。その背景にあるのは、支援費制度ができた03年頃のこと。措置制度からこの制度に変わり、当事者の自己決定に基づいてサービスが利用できるようになった。事業所もヘルパーも増えてきたが、何年か経つと事業所本位になり、利用時間が短くなったり、やってもらえることが限られてきた。特に、重度者に入るヘルパーが減った。当時は介護保険制度と混同する現象もあったという。三井さんたちはその実情を市に訴えた。「生活は私のもので、私がしたいようにするのが当然。皆さんも自分の家で好きに生活しているでしょ」と懸命に伝えた。

介助者の専門性とは

 三井さんは介助者にまず「三井さん」になってもらい、それから介助を始めるという。三井さんは頭を押さえてもらう時、手の当て方次第では痛みが出る。介助者に何度も何度も介助方法を伝える。介助者に必要なのは、制度にある教育や専門性ではなく、自分を最も良く知る人。またコロナ禍で露呈したように、何かあると来れなくなってしまうヘルパーでは困る。「地サポ事業」が介助者要件を無資格にし、地域の知り合いにしたことで、助かる部分は大きかったようだ。三井さんが仲間と作ったNPOを訪ねると、仲間や介助者に囲まれる姿はなんとも穏やかだった。

自治体の覚悟とは

 どんな人でも生活や思いはなかなか人に伝わりにくい。だからこそ当事者の思いを聞く必要がある。三井さんらと向き合う中で、永見さんは国の制度が障がい者の暮らしそのものにすべて適合するわけではないと気付いてきた。「だからこそ、自らの意思で活動し、自ら自分の生活を律していけるような、そういう制度を市としてどう作れるかを考えてきた」と明かす。市長の口癖は「制度に無いと言うな、なければ創れ」だそうだ。

 「地サポ事業」の利用料金は生活保護、低所得者は無料。課税世帯は1割負担で、3万7200円が上限額(一般2の世帯)。利用状況は、「障害者総合支援法」と併用している人が多く、制度で足りないところを補っている。

 財源は市の一般会計と東京都の「障害者施策推進区市町村包括補助事業補助金」を半分ずつ使っている。「自治体がお金を出す覚悟があればできる」と大川部長。

 何とも頼もしい自治体。次回もいわゆる「65歳の壁」問題を紹介したい。

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