在宅栄養ケアのすすめ

訪問栄養でできること⑨ Pトイレで水分補給も安心/中村育子(連載60)

訪問栄養でできること⑨ Pトイレで水分補給も安心/中村育子(連載60)

 水分摂取量の低下が問題となったEさんの事例を紹介します。Eさんが安心して水分を摂取するためには、生活環境の改善が必要でした。このような気づきが得られた過程を見てみましょう。

利用者:70歳女性、 要介護3 独居/生活保護

 一人暮らしのEさん(70歳女性、要介護3)はとても気丈な方で、自宅での生活に誇りを感じています。要介護状態になった際も、結婚した娘さんがそう遠くない所に住んでいるのですが、「世話に来てもらわなくても大丈夫」と言い張っていたそうです。認知機能はしっかりしており、金銭管理も自身で行っています。ヘルパーに買い物を頼むときは、商品名や価格まで、きっちり指示をされます。

 Eさんは食道がんを患い、居宅療養管理指導が入る頃には末期に近い状態まで進行していました。咀嚼・嚥下機能は問題なかったのですが、腫瘍の肥大に伴い食道の内腔が狭くなるため、食べたものがつかえてむせや痛み(通過障害)を起こしていました。

 現実的には液状物しか食べられないのですが、Eさんはお粥を嫌がり、おにぎりやいなり寿司を食べようとします。普通に茶碗に盛ったご飯ですら厳しいのに、手で握って固めたものはより飲み込みが難しくなります。いなり寿司は細かく切り分けて食べてもらうなどの工夫は行いましたが、食事量がそこまで安定せず、ADLも徐々にですが低下してきました。

 次に問題になったのが、水分摂取量の低下です。以前は「ごぼう茶はがんに効くのよ」と言って、自分で作ってよく飲んでいましたが、それもめっきり減りました。特に夏場だったので、脱水症が気になりますし、主治医からも発熱のリスクが高まると、たびたび指摘がありました。

 しかし、多職種がそういったEさんの状況を分かっているにも関わらず、実は誰も、水分を拒む理由を聞いていませんでした。ある日、私がEさんに尋ねてみたところ、返ってきた答えは「トイレに行くのが大変」だったのです。

 トイレはEさんの部屋を出て廊下を3mほど歩いた先にあり、そう遠くはありません。廊下には住宅改修で手すりも付けていましたが、食事量が減り身体機能が低下したEさんは、つかまりながらでも歩行することが相当つらくなってきたのだと、そこで気づきました。特に夜間、目覚めてすぐのトイレは転倒リスクも高まる上、一旦起きてしまうと寝付けなくなることもしばしばあります。

 ただ、トイレの回数を減らそうと水分を我慢する今の状態が続くと、いよいよ脱水症で入院しなければなりません。しかもEさん、飲み物だけでなく、汁物や流動食など水分を多く含むものへの抵抗もあるため、脱水だけでなく低栄養への配慮もより求められるようになってきました。

移動の不安を用具で取り除く

 サービス担当者会議を開き、そこで私はポータブルトイレの購入(特定福祉用具)を提案しました。職種間ではOKとなったものの、「部屋に便器を置くことなど考えらない」とEさんは強く拒否。在宅介護の難しいところで、いかに良いケアでも、本人が嫌がるものを無理にすすめるわけにはいきません。一方で、いつ転んで骨折、または脱水になってもおかしくない状況です。

 ここからは人海戦術でした。月2回しか接する機会がない管理栄養士が1人で訴え続けても、効果は微々たるものです。医師、看護師、ケアマネジャー、ヘルパーが訪問しては水分摂取の大切さを説き、何とか安全に排泄をしてもらえるよう説得を続け、「夜間のみ」という条件付きで、ようやく導入に至りました。

 トイレの不安が解消されたことで、Eさんの水分摂取量は改善。「ごぼう茶」も復活しました。ポータブルトイレの処理・洗浄は翌日訪問したヘルパーが行います。Eさんの性格を考えると、家族が処理を行うとなると、拒否がもっと強かったかもしれません。

 福祉用具は単に一動作をサポートする役割だけでなく、生活環境、食環境を良い方向へ変える力があります。「なぜ食べられないか」「なぜ飲めないか」を、本人のADLだけでなく、環境面から考えてみることも大切です。

 中村育子(福岡クリニック)

(シルバー産業新聞2019年1月10日号)

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