半歩先の団塊シニアビジネス

AARPが試みる「エイジテック生態系」の現状と課題    :村田裕之

1月7日から10日まで米国・ラスベガスで世界最大規模のテクノロジー見本市、CESが開催された。注目のテーマの一つが、本連載第202回~204回で解説した「エイジテック」(高齢になった人向けの技術)だ。

AARPとは

 CESでエイジテックが注目されるようになったのは、23年から世界最大の高齢者NPO、AARPが出展を始めたからだ。
 AARPとは、米国の50歳以上の会員約3,900万人(23年12月末現在)をもつNPO。本部はワシントンD.C.にあり、全米各州に支部をもつ。本部だけでも約2,000人のスタッフがいる。
 設立は1958年と古く、当初は退職した教職員向けの医療共済からスタートした。1962年に教職員以外の退職者も会員対象に拡大し、名称をAmericanAssociationofRetiredPersonsとした。

 日本では長らく全米退職者協会と呼ばれてきた。現在はこの名称の略語AARP(エイ・エイ・アール・ピー)が正式名称になっている。
 年会費は1人20ドル。会員になるとAARPTheMagazineなどの月刊誌が自宅に届くほか、専用ウェブサイトを通じてAARPの売りである医療保険や旅行商品、生活に必要な商品・サービスを割引価格で購入できる。
 AARPの年間収入は約4,500億円と大企業並みだ。会員向けに様々な商品を売りさばき、商品提供企業から多額の手数料を得るシニア向け巨大マーケティング組織としての側面は日本ではあまり知られていない。

AARPが運営するATCとは

 AgeTechCollaborative(ATC)の目的は、エイジテック市場に関わる主要プレーヤーを一堂に集め、「イノベーション・エコシステム(生態系)」を構築し、技術シーズからの製品化と市場拡大を加速させることだ。AARPは、このエコシステムのいわば胴元(どうもと)になることを狙っている。
 AARPが対象とするエイジテックの分類を表に示す。人工知能や仮想現実感といった技術要素だけでなく、スマートホームやモビリティなどの複数の技術要素からなる商品、さらに教育やコミュニケーションなどのサービスも対象なのが特徴だ。

 ATCは、スタートアップ110社、投資家とベンチャーキャピタリスト60社、大企業50社、ビジネスサービス企業53社、テストベッド33件から構成される(23年12月現在)。
 テストベッドとは、もともと試験台を意味する。しかし、この場合はスタートアップ企業が提供する技術シーズを高齢の利用者が試用し、使い勝手や品質の改善に役立てる場を意味する。米国に多いリタイアメントコミュニティがテストベッドになる例が多い。
 スタートアップがATCに参加するには、月に一度開催のピッチに応募する必要がある。AARPは応募内容を精査し、ピッチでのプレゼンと質疑の質により参加の可否を決める。

ATCの評価と今後の課題
 
 2021年の立上げから約3年半で300を超える企業・団体の参加を得たことは流石だ。特に2023年からのCESへの出展で米国における存在感を一気に高めた。
 また、イノベーション生態系の構築を当初から狙い、スタートアップや投資家、テストベッドと言った主要プレーヤーを一気に集める戦略は高齢化分野ではあまり例がない。米国の高齢者に知名度の高いAARPの名称の露出を増やし、主要プレーヤーへの求心力を高める手法も見逃せない。
 一方、課題も多い。イノベーション生態系と言っても、ネット上の集まりに過ぎず、実体を伴っていないことだ。

 また、イノベーション生態系が求心力を持つには、シリコンバレーのように、特有の構造が必要だ。
 それは成功事例となる中核的な企業・団体が続々と出現し、そこに巨額のキャッシュフローが生まれ、それを求心力に周辺に関連企業・研究機関・団体が集まるという連鎖構造だ。ATCはまだそういう段階ではない。
 さらに、テストベッドでスタートアップの製品を改善するというプロセスは、多くの時間と調整労力を必要とする。事業スピードを求めるスタートアップは、こうした手間・暇を要するプロセスは一般に好まない。
 一方、巨大組織であるAARPは、かなり官僚的であり、そうした事業プロデューサー的な俊敏な動きに習熟しているとは思えない。
 ATCが数年で終わる一過性のプロジェクトとならないことを望みたい。

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