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震災を経て薬剤師の役割を問う

震災を経て薬剤師の役割を問う

 薬剤師会の薬局に勤務してきた丹野佳郎さんは、実務はしていないが宮城県ケアマネジャー協会の地域支部長を務める。3.11を経験し定年を迎えた今、4月から災害医療を大学院で学び、薬剤師の役割を自らに問うている。

 石巻市は3.11直前に15万人余りいた人口が、今年4月には14万人を切った。3.11で、直接死・行方不明者が3102人となり、さらにその後の移動によって長期の人口減少に拍車がかかった。

 「特に半島部の雄勝(おがつ)地域では、05年に5000人いた人口がいまは1000人まで減少した。病院がなくなり診療所もなくなった。介護認定審査員をしているが、震災で要介護4、5が一気に減ったのです。津波で被災し、慢性疾患のあった多くの高齢者がこの間に亡くなっていった。災害がなければ死ぬことはなかった人が多いと、医師はいいます。家族をなくし、長年住み慣れた家が流されるなど、心の支えを失ったからです。要支援の人で重度化した人も多い。浜の人口が大きく減り、内陸部が少し増えました」

困難なコミュニティの維持。喪失を抱えて共に生活する被災地

 「いま市内に高く建つのは、公営復興住宅です。まったくプライバシーのない避難所から狭い仮設住宅、そして隣は何をする人ぞという復興住宅まで、ステージが変わるごとに、シャッフルされる地域のコミュニティ。リーダーシップのある人は生活力があって、アパートを探し、家を建て、自らの道を求めていく。残った人たちをだれかが見守っていかなければならない。震災10年のTVドラマでは、妻を震災でなくし、アルコール依存症になったレストランの元シェフが、自分を取り戻して明日に向かうのに、10年が必要でした」

身近な医療機関がなくなり在宅医療が進んだが、経済的な理由で高齢者の生活は厳しいという。

 「人口減少で地域の医療機関がなくなっただけでなく、地域の医療機関へ奥さんの車で通院していた高齢者が震災で家を失い、それができなくなった。服薬指導で訪問が増えるようになった。しかし、国民年金の人が多い地域のため利用にあたり、経済的な問題がある。住まいの問題だが、グループホームを利用するのは、月15~20万円かかり、限られた高齢者しか利用できない。生活の課題に対処するにも、人々の経済状況が前途を遮っている」

患者指向を問われてきた薬剤師として、丹野さんは乗り遅れまいと、ケアマネジャー第1回試験を受験した。

 「私はケアマネジャーの実務には就いていませんが、ケアマネジャーや介護職は自分たちの利用者をしっかり守ろうとしたのは立派でした。同じ被災者だけれど、プロフェッショナルとして、避難所にも入った。介護保険の成果だと思います。生きがいや目標をなくして支援金で生活する状況の中で、アルコールやパチンコなどの依存症が増えた。家族が見つからない人は、曖昧な喪失感をもっていた。地域包括ケアシステムに、そうした人を包括的にケアする働きが期待されたのです」

薬局内で処方箋調剤をするのは、薬剤師として当然の仕事。そこに来た人がどういう課題があって、病気が治るために何が必要なのかを分かろうとすれば、在宅まで行くのは当然と丹野さんは話す。

 「緩和医療をしっかりできれば、末期がんの患者さんも家に帰り、最期を家族といっしょに暮らすことができます。薬剤師は調剤室の中から薬局の中で患者さんと向かい合うようになり、地域へ赴くようになりました。薬剤師が有する能力をもっと活用すべきだと言われています。昨年、定年の60歳になり、いまは週3回調剤業務に就いています。」
 宮城県ケアマネジャー協会の調べでは、3.11当時、石巻市にあったケアマネ事業所39事業所に従事していたケアマネジャー6人が亡くなり、16事業所が被災した。石巻市の南西に隣接する東松島市では、11あったケアマネ事業所で、2人が亡くなり、4事業所が被災した。
3.11 から10年を迎えた石巻市中心地。旧北上川の堤防補修工事が進む

3.11 から10年を迎えた石巻市中心地。旧北上川の堤防補修工事が進む

 被災当初、ケアマネ協会は社会福祉士会とともに、避難所などでの総合相談、避難所や地域包括支援センターの課題分析、健康調査、外出支援、災害支援に取り組んだ。

 「今年4月から東北大学医学部大学院で災害医療を学んでいます。3.11の経験を薬剤師の立場でしっかり学び直して、地域で活かしていきたいのです」

(シルバー産業新聞2021年6月10日号)

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