インタビュー・座談会

インタビュー長尾和宏氏 在宅の服薬適正化 「在宅総合診療医」 がカギ

インタビュー長尾和宏氏 在宅の服薬適正化 「在宅総合診療医」 がカギ

 医療ニーズの高まる高齢者には、多くの薬剤が処方される多剤併用の傾向があり、日本はこの傾向が強いとされる。高齢者は薬物の代謝や排泄能力が低下するため、認知症のような症状がでたり、ふらつきによる転倒(骨折)など、薬物有害事象を引き起こすこともあるとされている。徐々に服薬の適正化に向けた関心も高まってきた。日本慢性期医療協会理事や日本尊厳死協会副理事長、全国在宅療養支援診療所連絡会理事などを務める長尾和宏氏(医療法人社団裕和会理事長、長尾クリニック院長)に、在宅での服薬管理の現状と適正化に向けた取組を聞いた。

 ――在宅での多剤併用の現状と課題はどうですか。

 世界的に見ても日本は多剤併用が多くみられます。適切に処方されている場合もあるのですが、高齢者に対して過剰と思われる医療が提供され、薬物有害事象を引き起こしていると考えられる事例もあります。

 厚労省でも「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編・各論編)」が通知されるなど、見直しの機運は高まっています。

 背景に構造的な課題があると考えています。例えば「臓器や疾病ごとの専門医中心の医療提供体制と、医療のフリーアクセスによる複数科受診」「多くの薬剤処方を求める患者心理」「投薬の中止判断を医師が卒前・卒後教育でほとんど学ばないカリキュラム」などです。

 眩暈やふらつきなどが薬物有害事象によるものとは考えず、医療機関を受診し、明確な投薬中止の判断を持たない医師から、さらに多くの薬剤が処方されるという悪循環(処方カスケード)を辿ることもあります。

 飲み忘れなどによる残薬発生など社会保障費の無駄使いという意味でも問題が大きいといえます。
 ――介護職やケアマネジャーに期待されることはありますか。

 医者には見せない日常での「(イライラ、そわそわ等)ちょっと様子がおかしい」「ボーッとしている」「ふらつきがある」などの変化を、在宅で日常的に利用者に接する介護職やケアマネジャーに提供いただきたいです。

 患者を中心に、多職種が連携して服薬適正化に取り組まないといけません。
 ――在宅での服薬適正化の方法とは。

 総合診療医の育成にかかっていると思います。レベルの高い日本の医療提供体制は、専門分野に強い医師によって支えられているわけですが、少子高齢化やそれに伴う高齢者の慢性的医療ニーズに応えるためには、ジェネラリストである総合診療医が欠かせないからです。私は「1病1剤が基本」と考えており、どうしても必要な場合に薬剤を増やすという、引き算の薬剤処方を心掛けています。

 臓器や疾病ごとの専門医は治療を優先するために、より高いアウトカムを目指して、リスクのある薬剤でも使用することがありますが、総合診療医は本当にその薬剤が高齢者本人の望む医療なのかを検討して、場合によっては薬剤の減量や中止を判断するのが役割だからです。
 ――高齢者に求められる服薬適正化とは。
 慢性的な医療ニーズを多く抱える高齢者に対して「急性期や若年者と同様の医療密度を提供することで薬物有害事象を引き起こしていないか」「重複処方がないか」など、優先順位や必要性について、本人や家族の意向を伺いながら決めていきます。
 具体的方法としては▽薬に優先順位をつけて、優先度の低い薬から減量・中止を考える▽1剤に複数の薬剤を含む合剤に変更する▽長時間持続する薬剤で服用回数を減らす▽3食を基本にした服用方法の見直し(朝のみ、就寝前のみ等)▽1回服用分を一包化する――などです。
 私はこれまでに1,200人以上を在宅で看取りをしましたが、最期を迎える患者さんを前に、糖尿病治療薬や降圧剤などの慢性疾患の薬剤処方について本人・家族の希望を尊重した上で利益と不利益を天秤にかけて、投与中止も含めて決める必要性を感じています。
 ――投薬中止等の判断は医師主導が求められるのですね。

 本来はその通りだと思います。ただ、日本では、医師の卒前・卒後教育において「処方の判断」は教えられても、どんな状況が薬の止め時なのかについては教育の機会が無く、多くの医者が減薬や中止という課題に迷い悩んでいるのが現実です。

 ジェネラリストとしての在宅総合診療医の養成が急務というのも、そうした医療ニーズに応えるという必要性からです。また、服薬適正化では医薬連携(医師と薬剤師)により、医師の処方判断を専門的に薬剤師がアドバイスするという取り組みが重要となります。

 また、その時点で処方されている薬剤の影響を観察しながら、適切に見直しを図ることが求められます。
 ――現状で、在宅で服薬を見直すのは困難でしょうか。

 ジェネラリストとしての志がある医師に出会えるかということにかかっています。

 全国的に広がりつつある地域包括ケア病棟などを有する病院では、ある程度規模のある病院であっても、地域の在宅医療に熱心な医師が多く、こうした医療機関の医師に相談するのも一つの方法です。また、患者自身に多剤併用によって薬物有害事象が発生することがあると理解いただくことも重要です。

 医師にとって、患者に多剤服用で薬物有害事象が発生することもあると理解いただけば、服薬適正化に取り組みやすい環境になります。
(ながお・かずひろ)
 1984年東京医科大学卒業、大阪大学第二内科入局、86年~大阪大学病院第二内科勤務。91年~市立芦屋病院内科勤務。95年~尼崎市に長尾クリニッック開業、現在に至る。長尾クリニックでは、複数医師により外来診療と24時間365日の在宅医療を提供。これまでに在宅1200人超の患者看取りをしてきた在宅医療の実践者。

(シルバー産業新聞 2019年8月10日号)

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