インタビュー・座談会

高齢者施設のクラスター発生時にどう対応するか 東京都医師会の平川博之医師に聞く

高齢者施設のクラスター発生時にどう対応するか 東京都医師会の平川博之医師に聞く

 新型コロナウイルス感染症に伴う緊急事態宣言が解除され、7月から8月にかけて市中感染者が増加する中、介護施設でも陽性者が発生し、集団発生も散発している。欧米諸国に比較して、特養や老健など介護施設でのクラスター発生は抑え込んできているが、今後、同時多発的に発生する可能性もあり、国や東京都、東京都医師会は総力を挙げて対応策を検討している。東京都医師会副会長で、東京都老人保健施設協会会長の平川博之氏に現状を聞いた。

老健会員施設の感染状況

平川 4月から5月にかけて、約3600ある全老健会員施設の中で17施設に陽性者が発生した。発生率は0.005%だ。7月までの統計では、感染した入所者は231人、職員は87人、死亡者は51人であった。札幌市の老健では入所者71人(95人中)、職員21人が感染し、16人の入所者が死亡している。また、富山市の老健では、入所者41人(75人中)、職員18人が感染し、12人が亡くなった。とても残念な結果ではあったが、それでも諸外国と比較すると桁違いに少ない(7月5日現在。報道資料より平川氏調べ)。

 富山市のクラスターは、4月7日に一人目の発熱者が出てから、5月22日に終息宣言が出されるまで一カ月半を要した。富山大学の医療チームが応援に入った時には、残された50人ほどの入所者をたったの5人ほどで昼夜を問わずケアしていたという。しかもその中には、日頃は介護と無関係な事務員も含まれていた。

 当時、応援に入った富山大の医師の報告によれば、PCR検査の遅れや、転院までに時間がかかったため、速やかな陽性入所者対応が出来ず、感染が拡大していった。その結果、介護職員にも陽性者、濃厚接触者が出始め、急速に職員不足となった。

PCR検査の実施について

平川 高齢者施設で陽性者が出た時、速やかに入院できず、引き続き施設で対応せざるを得なかった場合にクラスター化している。富山市の場合も、本来の受け入れ先病院がクラスターとなったため、速やかな転院ができず感染拡大し、死亡者も多数発生した。これを防ぐには、陽性者は原則、入院対応を徹底する必要がある(*)。そのためには、受け入れ先となる病床の確保を推進しなければならない。

 また、PCR検査の実施について、次の3点が必要だと考えている。
①新規で入所する場合は、必ずPCR検査を実施する。陰性と判断してから入所する
②職員には発熱や感染の有無にかかわらず、定期的なPCR検査を行う。
③一人でも感染者が出た場合、入所者と職員は全員、PCR検査を行う。濃厚接触者だから検査する、という区別をつけない。
(①については、平川氏の老健ではすでに実施している)

感染疑い発生時の対応フローを作成

平川 東京都医師会では、新型コロナ対策で医療崩壊の原因となる介護崩壊を防ぐために、特養や老健などの介護事業者を集めて、東京都新型コロナウイルス感染症対策医療介護福祉サービス等連携連絡会を3月の時点で設立した。初回の会合で介護サービス事業者側から、度々発出される厚労省の通達が文字ばかりで読み込みにくく、取捨選択もままならないと聞き、早速、東京都医師会の担当役員が中心となり、全老健の協力も得て感染疑い発生時の対応フロー図を作成した。この「新型コロナウイルス感染疑い発生時の対応フロー図」は、実戦的で分かりやすいと介護分野での評判も良かった。東京都医師会、高齢者福祉施設協議会等のホームページで掲載している。

専門家チームの派遣体制を整える

平川 施設に陽性者が出てしまうと、職員は濃厚接触者と指定され、一定期間勤務を休まざるを得ない。ある施設で陽性者が発生した時に、外部委託の給食サービスは止まり、清掃業者も来なくなったという。ただでさえ人手が足らないところに委託業者まで撤退し、施設のベランダはあっという間にゴミ袋に占領された。そんな最中に、医師や感染症専門ナース等で編成された感染症対策チームが施設に入り、トリアージ、ゾーニング、感染予防策の指導等をてきぱきと実践し、施設スタッフの不安を解消していったという。特に感染症専門ナースは、現場視点で具体的に指示・指導してもらえるので大変、参考になり勇気づけられたと伺っている。

 現時点ではこうしたことが可能であるが、今後、同時多発的にクラスター化施設が発生することになれば、とてもチーム数が足りない。市区町村単位で複数の感染症対策チームを編成しておく必要があると考えている。

 このような状況を聞いていると、感染症発生時に「医療」に比較して「介護」はあまり役立っていないような印象を受けてしまうが、富山市の例でこんな話を伺った。

 専門家チームが介入し医療職中心に感染対策を行い、感染拡大は収めることが出来たが、介護職が不足した施設内は殺伐とした雰囲気で、入所者の笑顔も消え、食事も進まない状況であった。そこに富山県老人保健施設協会が募った介護職の応援チームが派遣され、ケアにあたったところ、施設内の雰囲気は一変、利用者の笑顔も戻り食事量も増えたという。

 専門家チームの医師が、驚いたのは介護の力だ。入浴し、着替えをして食事をとることができるようになり、みるみる利用者の顔には笑顔が戻った。これは、医療職だけではできないことで、介護力の素晴らしさを目のあたりにした、と述べていた。

迅速なPCR検査チームを創設

平川 介護施設などでクラスターが発生した場合、「PCRカー」をただちに派遣し、迅速かつ効率的なPCR検査を行える「mobileチーム」を結成した。「PCRカー」は1日当たり200〜300人の検査が可能だ。チームは、医師と、看護師もしくは臨床検査技師、運転手の3人で編成される。クラスターが複数の施設で同時に発生した場合や、専門家チームが派遣できない場合、また検査に行けない高齢者などに対応する。すでに3チームを準備している。

介護職員の応援派遣事業を検討

平川 ひとたびクラスターが起きると、職員が入院や自宅待機などで、長期間、職員不足に陥る。これまで起きたクラスターは、何故か大きな法人で起きた傾向があり、系列施設から応援が入った。現在は、都道府県が、応援職員の確保を地域の介護関係団体に呼び掛けているところだ。

 現在、東京都医師会では、都老健施設協会・都社会福祉協議会と共に介護職員の応援派遣事業を検討している。対応するステージを3つに分けて、発生施設の関係事業所単位、市区町村単位、東京都全域からの応援に分けて、応援に出せる介護職員を確保し、手が足りない場合にステージを上げていく。この事業にとって大事なのは、発動の要請・指示は行政が責任をもって発動する点だ。これを受けて東京都医師会、都老健、都社会福祉協議会等の関係団体が対応することになる。

(※)「入所者に新型コロナウイルス感染症の感染が判明した場合は、高齢者は原則入院すること」については、厚労省事務連絡「高齢者施設における新型コロナウイルス感染症発生に備えた対応等について(令和2年6月30日)にも明記されている。

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