インタビュー・座談会

【インタビュー】介護保険これまでの20年、これからの20年/中村秀一氏(後編)

【インタビュー】介護保険これまでの20年、これからの20年/中村秀一氏(後編)

 厚生官僚として介護保険制度創設や見直しに深くかかわった中村秀一氏は、介護保険のこれまでの20年を「日本の高齢化の問題に非常に正しく機能した」と評価しつつ、これからの20年は、「財源と人材の確保が新たな課題としてのしかかる」と指摘する。「走りながら考える」とされた介護保険制度。これまでの制度改正も踏まえつつ、創設20年を機に読者の皆さんと改めて制度のあり方について考えていきたい。

「人生100年時代」に対応した社会保障に組みなおす必要がある

年金受給者の生活問題が大きな課題

 65歳以上の方が支払う介護保険料は、初年度、月額平均2911円からスタートしましたが、現在は月額平均5869円となっています。私が大臣官房政策課長として介護保険制度の施行準備をしていた頃は、介護保険料を負担してもらえる金額は「5000円が限界」というのが省内の議論でしたが、そうならなかったのは、国民の介護保険制度に対する信頼に他なりません。問題はこれから先の給付と負担のバランスです。

 2040年には、介護保険料の全国平均額が9200円になると言われています。また、後期高齢者医療制度の保険料も、現在の5800円から8200円になると言われていますので、双方の保険料を合わせると、今よりも月額平均5700円の負担増となります。これらの保険料は年金から天引きされる仕組みになっていますので、言うまでもなく、年金受給者の生活問題が出てきます。「人生100年時代」の超高齢者の生活をどう維持していくかという観点から、介護保険だけでなく、社会保障全体を組み立て直していかないといけない。そこが大きな検討課題となっています。

「ポスト消費税10%の世界」

 財源についても検討していく必要があります。私は2010年10月から14年2月まで、内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」に携わってきました。そこで描いたシナリオは、一言で説明すれば、消費税率を引き上げて、社会保障制度を安定・充実させることです。そして、このシナリオは昨年10月に消費税率が10%に引き上げられたことで、一旦すべてが完了しました。もちろん、地域医療構想の実現や地域包括ケアシステムの構築などは、2025年の目標年次に向けて、引き続きの作業が続けられていますが、財源の確保という意味では、昨年10月以降、「ポスト10%の世界」のシナリオが定まっていない状態です。

 ご承知のように消費税率の引き上げについては、2015年10月に10%に引き上げられる予定でしたが、2度の延期があり、当初の計画よりも4年遅れています。われわれの目算では、15年10月に10%への引き上げが済んだ時点で、次の検討に入ることにしていましたので、この4年間のロスは非常に大きい。昨年9月に、政府は「全世代型社会保障検討会議」を立ち上げました。できるだけ早急に「ポスト10%の世界」のシナリオを描くことが求められています。

高齢者に応分の負担を求める

 財源を確保するために、国債を発行して費用を賄おうとするのは、単に次の世代の人たちに借金を付け回しているだけなので、やめるべきです。消費税のこれ以上の引上げを求めないとするのならば代替の財源を決める必要があります。法人税なのか、所得税なのか、財産税のようなものをつくってやるのか。方法は色々と考えられますが、個人的には現役世代の負担の上昇をできる限り避け、高齢者の人にも応分の負担をしてもらうというのが納得できる考えだと思います。そう考えると、お金を持っている人ほど消費を多くするのは事実ですし、高齢世代ほど貯蓄が多いのも事実なので、財源を消費税に求めるというのが正しい選択なのではないでしょうか。

高齢者の定義を考え直す必要がある

 また、高齢者像も変わってきています。私は1994年に年金課長を担当しましたが、その時に厚生年金の支給開始年齢を60歳から引き上げる改正を行いました。当時は、「人生80年型の年金にしなければいけない」と言っていましたが、今や人生100年の時代です。介護保険でも施設やデイサービスに来る利用者の中に100歳を超える人がいるのも、そう珍しい話ではありません。そうすると、65歳で1号被保険者や2号被保険者と区切っていることや、75歳で前期高齢者、後期高齢者と分けているのも、なんだか違う感じがしてきます。高齢者の定義などについても考え直していく必要があるでしょう。

人手不足による「保険あってサービスなし」

 これからの20年を考えた時に、「給付と負担」と並べて課題になるのが、65歳未満人口の減少によるマンパワー逼迫の問題です。介護保険施行20年の後半から人口減少がはじまり、今後さらに減少は進んでいきます。

 一方で、厚労省の推計では、「医療福祉分野における就業者数」は、18年度の823万人から40年度は1060万人へと約30%増加するシミュレーションになっています。この結果、就業者全体に占める医療福祉分野で働く人の割合は、12.5%から18.8%へと上昇します。このことは、就業者の8人に1人の現状が、5人に1人が医療福祉分野で働くことになることを意味します。人口が減少していく中で、果たしてうまく医療や介護の従事者を確保できるのか。大きな課題です。

 高齢者人口は2040年まで増え続けるため、マンパワーが確保できない場合、サービスが行き届かなくなります。つまり、当初心配されていたのとは違う形の「保険あってサービスなし」になる可能性があるのです。これは介護保険をつくった時にはなかった話です。ですから、こらからは「給付と負担」の議論と合わせて、人材の確保が政策の中心課題になってきます。

ICTや支援機器の技術の進歩

 この課題を解決するためには、可能な限り医療・介護の需要を減らすことであり、そのためには介護予防の推進や重度化の防止、健康寿命を延伸させることが目標となります。さらに供給面でも、従事者1人あたりの生産性の向上や業務の効率化などが必要となります。

 幸いなことに介護保険をつくった時にはなかった状況として、ICTや支援機器の技術の進歩があります。見守りセンサーなどを活用して夜間の見守りを行ったり、カメラやモニターを使ってカンファレンスしたり、さらにはAIを活用して、最適なケアの仕方を判断するような時代が来るかもしれません。そうした技術の進歩を積極的に取り入れて、生産性や効率性を高めることが、マンパワー逼迫の解決策になるでしょう。
(シルバー産業新聞2020年4月10日号)

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