連載《プリズム》

息づく福祉の原点

息づく福祉の原点

 特養の全国組織である全国老施協の新会長に、尾道市で障がい者福祉に取り組んできた平石朗さんが無投票で就任した。(プリズム2019年7月)

 岡山大学の哲学科3年生だった時、在宅で障がい者がずっと納屋に押し込められていた事件を知って驚き、生きることを学ぼうと哲学を志した者として、人として生きることを拒否される人たちがいることに強い関心を持った。卒業して、無認可作業所で働き始めた。高齢者になっても知的障がい者はなかなか特養には入れなかった。自分たちで障がい者も入れる特養をつくろう、と決意した。

 ジェー・シー・アイ(宮城県)の会長だった佐藤隆雄さんは、野球の名門でもある東北福祉大学でエースだった。4年生の夏休み、部員を引き連れて重症身障者施設にボランティアに行った。部員の多くは早々にやめたが、佐藤さんは夏休み後も土曜日曜は施設を訪れた。その施設が就職先になった。その後、身体障がい者にとって車いすが社会参加のツールになると分かり、福祉用具の会社を設立。障がい者の働く場や自立のための活動をする場にしようとした。

 大阪ボランティア協会常務理事の早瀬昇さんは京都工芸繊維大学に入学した時に、「大阪交通遺児を励ます会」の活動に参加した。以来、市民参加をめざして日本のボランティア活動を引っ張ってきた。

 障がい者医療・福祉に携わってきた医師の澤村誠志さんは1970年代頃、施設入居の障がい者を休みに神戸市内へ連れて行こうとして、百貨店に「車いすでも大丈夫か」と尋ねた。すると、電話口の店員は「火事になったらどうするのですか」と返答。店員は「車いすがあると、お客さんが逃げられない」と続けたと言う。佐藤さんは障がい者施設で遠出するとなると、昔は、女性はトイレが心配で1、2日は水分を控えて、楽しみに備えたと話してくれた。半世紀前の日本は、障がい者は今よりずっと生きにくい社会だった。

 様々な法人の参入によって支えられている介護保険だが、福祉の原点は引き継がれ息づいている。

(シルバー産業新聞2019年7月10日号)

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