連載《プリズム》

トロイの木馬

古代ギリシャの伝承に「トロイの木馬」がある。

 トロイ王国を長く攻めあぐねたギリシャ軍は、巨大な木馬を残して撤退したように見せかけた。トロイの人々は、それを戦利品や神への捧げ物だと信じ、城内に引き入れた。だが、木馬の中には兵士が潜んでおり、城壁が内側から崩される契機となった

 現在、国会で審議されている介護保険改正法案に盛り込まれた「特定地域」の創設にも、この話と似たような危うさがありはしないだろうか。中山間地域や人口減少地域など、介護サービスの維持が難しい地域を支える仕組みとして見れば、「特定地域」の創設は必要だ。1件あたりの移動距離が長く、利用者も限られる地域では、全国一律の人員基準や出来高払いの報酬だけでは事業の継続は難しい。基準の緩和や報酬の定額化、市町村事業として居宅サー
ビスを実施できる仕組みは、地域の介護を守るための現実的な選択肢になり得る。

 ただし、気になるのは「特定地域」という言葉が指す範囲である。法案上は「人口の減少その他の厚生労働省令で定める基準に該当する地域として都道府県が定めるもの」とされる。人口減少が基準の一つとして明記されている以上、対象は中山間地域だけに限定されない。2050年時点で人口が減少する市町村は1658市町村と、全体の約96%に及ぶ。将来的には、地方都市や大都市の一部にも広がる可能性がある

 大切なのは、「特定地域」という木馬を拒むことではない。城内に引き入れる前に、その中に何が入っているのかを確かめることである。地域の介護を守る仕組みが、全国一律の介護水準を緩める入口にならないよう、国は対象地域の線引きと運用ルールを明確に示すべきだ。

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