インタビュー・座談会

持ち上げない介護と自立支援介護/下元佳子・森剛士・森島勝美

持ち上げない介護と自立支援介護/下元佳子・森剛士・森島勝美

 自立支援・重度化防止へかじを切った介護保険。限られた人材で介護事業者が取り組み効果を上げるには、福祉機器の活用による「持ち上げない介護」など介護負担の軽減も欠かせない。サービス事業者、セラピスト、メーカーの立場から、自立支援の視点に立った介護について語ってもらった。

介護負担軽減と生活機能回復を支える福祉用具

 ――まず初めに、皆様の日頃のお取り組みについてお話し下さい。

  当社では自立支援介護に特化したデイサービス事業所を、(グループ全体で)69カ所展開しています。ここでいう「自立支援介護」とは、介護保険の理念である自立支援のこと自体ではなく、要介護高齢者の生活の自立を目指すためのケア手法のことで、ポラリスでは歩行を中心に生活機能・動作の回復支援を提供しています。
 私が自立支援介護を追求するようになったきっかけは、祖母のリハビリでした。まだ介護保険以前の時代で、慢性期リハビリ病院では一定期間が経って退院を余儀なくされた多くの「リハビリ難民」を目にしました。そこで私は、慢性期患者に対応する外来リハ専門のクリニックを立ち上げました。また一方で、要介護状態一歩手前の虚弱高齢者を回復させる必要もあると考え、竹内孝仁先生(国際医療福祉大学大学院教授)との出会いを経て、自立支援特化型デイ「ポラリス」を立ち上げました。

 下元 私は理学療法士として、25年ほど前に慢性期病院に勤務したことがあります。そこでは寝たきりの方が大半で、医師からの指示で関節可動域のリハビリをするのですが、拘縮が進んでほとんど改善できません。そこで私は、セラピストがリハビリの時だけ関わるのでは何も変わらない、慢性期患者の生活全般に向き合って、看護も介護も含めて多職種で支えていく必要があると痛感しました。その中で、福祉機器の有用性についても再認識し、それを地域へ広く発信すべく、18年前から高知で福祉機器展示会や研修会の開催に携わっています。今では県外にも取り組みが拡大し、22の都道府県にネットワークが拡がっています。

 森島 当社は今年で創業81年目になりますが、介護用リフトの開発に着手したのは1992年のことです(93年発売開始)。それ以来、移動・移乗というテーマに絞ってリフトの開発を進めてきました。介護リフト「つるべー」シリーズは、今では使う場面に合わせて8種類37パターンまで増えましたが、まだ介護現場でのリフトの普及は十分とは言えません。
 10年程前にリフトの機能を新しい分野でも活用できないかと模索する中、安全な歩行、免荷式歩行というテーマにたどり着きました。藤田医科大学との共同開発で、BWSTTといわれるトレッドミルでの歩行支援機器「安全懸架式歩行リフトSP1000」を開発しました。さらに、天井走行レールからの懸架(けんか)で本人の体重を支え、脚や腰への負担を軽減し、歩行訓練ができるセーフティサスペンションシステム「TAN―POPO(単・歩歩)シリーズ」を開発し、最先端のリハビリテーションシステムとして販売しています。

重度でも廃用性症候群をつくらない

 ナチュラルハートフルケアネットワーク代表理事 下元 佳子 氏

 ナチュラルハートフルケアネットワーク代表理事 下元 佳子 氏

 理学療法士として17年間病院に勤務後、訪問看護と訪問介護、重度障害児の通所事業所を運営。並行して「高知ふくし機器展」や専門職の人材育成に取り組んできた。高知県による「ノーリフティングケア宣言」の研修事業などを受託している。

 ――ポラリスのデイ事業所では、モリトー製の機器が使われていますね。

  特養などの施設なら、複数のスタッフが体を支えながら歩行器を使った歩行訓練をするところですが、スペースや人員が限られるデイの事業所で、どのようにして訓練の効果を上げるか悩んでいました。そんな時に、展示会でモリトーさんと出会い、同社に免荷装置付きトレッドミル「Pウォーク」を開発頂いたことで、限られた介護スタッフとスペースで多くのご利用者の歩行機能を大きく改善させることができました。現在は全事業所でのべ150台ほどのPウォークを活用しています。

 下元 高知県では、「持ち上げない、抱え上げない、引きずらないノーリフティングケア」を推進していて、私どももリフトなど福祉機器の活用をはじめとした研修事業を受託しています。高知でも介護人材の不足が深刻で、ニーズはあるのに担い手がないためにデイやヘルパーの事業所を閉めるケースも目にします。人手が足りない中で、リフトがあれば職員一人でもご利用者を起こしたり移乗させたりできるだけでなく、QOLも下げずに済みます。
 リフトの活用を進めている特養では、日中はできるだけ離床してもらい、座位姿勢がとれて嚥下リハビリが進み食事がとれるようになりました。またリフトであれば簡単にトイレでの排泄を実現することができ、下剤を使わず排便できるようになるなど、成果が上がっています。これを在宅や病院にも拡げ、重度でも廃用性症候群をつくらないケアを目指しています。

 森島 介護者の高齢化や人手不足は、さらに深刻化していきます。これを打開するために大きな効果を発揮するのが福祉機器です。
 中でもリフトをはじめとする移動移乗機器などの適切な活用は、介護負担軽減だけではなく、介護される方の生活の質を高め自立へと近づけ、本当の温かい介護、やさしい介護が実現できます。

 下元 人材不足の中で介護職員の高齢化が進んでいて、ヘルパーの平均年齢が60歳を超える訪問介護事業所もあるぐらいです。福祉機器を上手に活用して、高齢の介護者でも無理なく継続できるケアを、今のうちに確立しておく必要があると思います。
 ポラリスで稼働し始めた3 台連結型の「Pウォーク」

 ポラリスで稼働し始めた3 台連結型の「Pウォーク」

リフトなどの活用で誰でも最適なケアを

 ――自立支援介護では、まず離床して様々な生活動作へつなげていくことが重要なのですか。

  当社デイでの介護職員は、病気に対するアプローチはしない代わりに、生活へアプローチして廃用性症候群からの脱却を目指します。転倒事故を完全に防ぎたければ、歩かせなければいいわけです。しかし、適切に支援すれば歩ける方に、転倒のリスクを取ってでも歩行を支援しないのは、介護事業者としてあり得ません。ただもちろんご本人・ご家族の選択が最優先です。軽度者よりも、廃用性症候群の改善の余地が大きい重度者の方が、改善の可能性が高いのです。医療には担えない、介護がもつ専門領域であり、ここに取り組むことこそが重要です。

 下元 回復期病棟や地域包括ケア病棟などでも、転倒事故防止を最優先するために、リハビリの時間以外で歩く・立つといった機会を作っておらず、廃用性症候群に陥らないアプローチが足りないと感じることがあります。元々のけがや病気によって食べられない、薬なしで排便できない状態になったのではなく、ケアの中で段々とそのような身体状況になってしまったケースも少なくないと思います。その中で、多職種と連携しながら介護職員が主体となり生活視点で支える、自立支援介護のアプローチは大切だと感じます。
 ポラリス社長 森 剛士 氏

 ポラリス社長 森 剛士 氏

 外科医、リハビリ医を経て高齢者・慢性期リハビリ専門のクリニックを兵庫県宝塚市に開設、ポラリスグループをスタート。自立支援特化型デイを全国に展開中。日本自立支援介護・パワーリハ学会理事。日本デイサービス協会副理事長。関西デイサービス協会会長。全国介護事業者連盟理事。

 ――介護現場では、生活動作の自立と介護負担軽減の観点からも、リフトなどの機器の活用は重要ですね。

 森島 移動・移乗の介助にはリスクがつきまといます。これを人手で行おうとすると、転倒だけでなく、ご本人の関節や筋肉、皮膚などに無理な力が加わり拘縮を引き起こす要因にもなります。さらに介助者が腰痛になる可能性が大です。リフトなどの移動・移乗機器はご本人、介護者双方にとって、皆さんが想像する以上の効果を発揮します。

 下元 移乗の際にリフトを使うと、本来体重をかけるべき大腿部にしっかり体重がかかって、拘縮のある方には緊張の緩和につながります。要介護5で拘縮の強い方でも、吊り上げ式のリフトからスタンディング・リフトへ移行することも可能になります。それにより、トイレ介助もしやすくなるなど、どの介護職員でも自立支援介護へ向けて成果が上げられるのが、福祉機器の大きなメリットです。
 人材不足の中、介護職員・セラピストのテクニックだけに依拠するケアには限界が見えています。適切に福祉機器を活用することで、誰が担ってもご本人にとって最適なケアができる。そこにこそ介護の専門性があるのだと思います。
 モリトー社長 森島 勝美 氏

 モリトー社長 森島 勝美 氏

 移動・移乗、歩行に特化した製品の研究開発に注力。「つるべー」シリーズ、「移座えもん」シリーズ、懸架歩行の「TAN-POPO(単-歩歩)」シリーズなどを開発。現在JASPA介護リフト普及協会の会長を務める。

 ――自立支援介護の実践における、福祉機器の役割はどのようなものでしょうか。

  機能低下した高齢者が歩けるようになるのに、重要なのは筋力向上ではなく、歩く動作を低負荷で反復することです。ポラリスでは、歩行動作を繰り返すことで、歩くための運動回路を回復させていきます。
 ただし、要介護高齢者の方に安全に歩いてもらうには、脱水状態や低栄養状態を補正しなければいけません。ポラリスでも、最初の1~2カ月は歩行訓練はせず、脱水や低栄養の改善を図り、リハビリができる体力を回復させます。
 現在モリトーさんの「Pウォーク」を用いて、主に1対1で歩行訓練をしていますが、さらに生産性を上げるため、3対1で行えるように、3つのPウォークを連結させたものを使い始めています。今後介護事業所は、生産性を上げていかないと生き残れない時代になっていきます。そこに、リフトをはじめとした福祉機器が大いに力を発揮すると思います。

 下元 平均在院日数の短縮が求められる中で、病院でも早期の離床が促されていますが、適切な方法で適切な座位姿勢もとれないようなやり方ではいけません。高知で取り組んでいる「持ち上げない介護」は特養など施設で効果を上げてきましたが、今後は急性期・回復期病棟、さらには在宅へも拡げていきたいです。これにより、早めに廃用性症候群をつくらないケアを地域へ普及させていく必要があると感じています。

 森島 高齢者施設や病院では、身体状況が不安定で転倒リスクが高くなると、当然安全な移動手段を確保しなければなりません。そのために比較的早くから車いすを使用します。しかしここからが問題です。ポラリスさんのデイサービスの実績(要介護3~5の方でもかなりの方が再び歩けるようになる)を見て感じたのですが、車いすを使用することは良いのですが、ご本人も周りの方も、歩くことを忘れているか、諦めてしまっているのではないか、安全を優先して車いすだけに頼りすぎているのではないかと感じています。もっと安全で気楽に歩くことができる環境を作り、積極的に福祉機器を使っていくことが必要だと思います。
 今後もさらに「自立支援介護と抱え上げない介護」のため、IoT、AI、ロボット技術を活用し、移動・移乗、歩行等の製品の開発を進めていきたいと考えています。

  今後、自立支援介護ノウハウを横展開して業界へ拡げていきたい。その中では、大学と協働で、例えば慢性疾患の高齢者をどう支援するのかのガイドラインとなる、自立支援のための医療・介護連携パスの構築も図っていきます。さらに、アジアなど海外へもノウハウを提供していくこともできるでしょう。
 ――今後は、廃用性症候群をつくらないケアの普及も重要になっていきますね。本日はありがとうございました。

(シルバー産業新聞2018年11月10日号)

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