インタビュー・座談会

「利用者の在宅復帰を支えるために」

「利用者の在宅復帰を支えるために」

 団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年を見据え、在宅の限界点を引き上げる地域包括ケアシステムの構築が推進されている。本紙は輝生会石川誠理事長、日本介護支援専門員協会鷲見よしみ会長、ヤマシタコーポレーション山下和洋社長にお集まりいただき、座談会を開催。在宅復帰に力を注ぐ病院、チームケアの中心として在宅高齢者を支えるケアマネジャー、福祉用具を通じて自宅の療養環境の整備や生活の可能性を広げる福祉用具サービス事業者の立場から、在宅復帰を実践するポイントを語っていただいた。司会は本紙編集長の安田勝紀。

 

自信や意欲の引き出しが鍵


 ――病院とケアマネジャーの連携は、利用者がスムーズに在宅へ戻るための第一歩です。まず患者が退院するまでの支援プロセスを石川先生よりお話しいただけますか。
 石川 患者が在宅に戻るために最も重要なのは、自分で食事ができて、トイレに行けることです。失語症や高次脳機能障害などの状況も重要ですが、何よりも食事と排泄が自立しているかどうかが在宅復帰の鍵を握っているといえます。たとえ歩けなくても車いすを使ってトイレに行けるなら、自宅で生活できると判断されることが多いです。病院では在宅生活で必要な能力の回復を第一に、リハビリテーションが実施されます。
 一般的に中等度の脳卒中であれば、どれくらいの期間で自宅に戻れるレベルまで回復するか、ある程度の予測ができます。退院の1カ月前には、担当ケアマネジャーに病院へ来てもらって、家族を交えてカンファレンスを行い、退院後の段取りを決めていきます。以前と比べると、今はケアマネジャーの方に声をかけると、すぐに駆け付けてくれる。連携がとりやすくなったと実感しています。
 ただし同じ脳卒中でも重度だと、なかなかスムーズにはいきません。実際に在宅復帰を決めるのは、多くの場合が家族です。本人は帰りたくても、家族は「この状態で家に戻ってきても…」と自宅で支える自信が持てない。折り合いがつかないまま退院が延びるケースは珍しくありません。
 無理だと思い込んでいる家族の不安をとり除くためには、病院から絶えず説明することに尽きます。最初は全介助だったのが、今はどの程度まで改善しているのか、今後の見込みがどうかを細やかに伝えることで、自宅で支える自信や覚悟につながっていきます。
石川 誠 氏 

石川 誠 氏 

1973年、群馬大学医学部卒業。佐久総合病院、虎の門病院で脳外科医として活躍。近森リハビリテーション病院長などを経て、02年より現職。


 ――ケアマネジャーと福祉用具サービス事業者は、利用者の在宅復帰をどのように支援されていますか。
 鷲見 石川先生の言う通り、本人も家族も自宅に戻った後の生活をイメージできずに、不安を抱えているケースが非常に多いです。入院先の医師から、今後の見込みや自宅療養の課題をお話しいただければ、きっと前向きになってもらえるし、自宅で頑張ろうと思ってもらえるはずです。またそうした情報は、バトンを引き継ぐケアマネジャーにとっても最も必要な情報です。生活をより良くしようだったり、自宅で暮らし続けようだったり、利用者自身に前向きな気持ちをもってもらうことは、つまり自立支援であり、ケアマネジャーに求められる最も大きな役割です。
 山下 在宅復帰に向けては、本人が「こうしたい」と強く思ったときに発揮する力は計り知れないと、私も現場経験の中で感じていました。実際に支援に関わった例ですが、かなり古い公営団地に住まわれていて、エレベーターもないし、家族が階段で運ぶのも難しい。せっかく自宅に戻ってきても、以前のように外出はできないと本人も家族も諦めていました。しかし、可搬型階段昇降機の導入で、女性一人の介助でも外へ出掛けられるようになりました。
 このように、「これがあれば外出できる」「これを使えば住み慣れた自宅で暮らせる」「じゃあ次はあれがしたい」など、本人と家族の自信や意欲に繋げていく力が福祉用具にはあります。
 ただ階段昇降機もその一つかもしれませんが、多様な福祉用具の存在を知られていないのが課題です。福祉用具の普及推進のためにも、利用者や家族のニーズをしっかり汲み取り提案するのが、我々福祉用具貸与サービス事業者の役割です。
 鷲見 末期がんで、それまで利用していた電動カートにまた乗ることを目標に最後まで頑張っていらした利用者がいました。電動カートを使って広がった生活をもう一度取り戻したいという思いが原動力になっていたのだと思います。また福祉用具は家族の負担軽減に役立つサービスですので、「これを活用すれば自宅の介護を楽にしてくれますよ」と伝えると、家族の気持ちを少し楽にしてあげることができます。
鷲見 よしみ 氏

鷲見 よしみ 氏

岐阜歯科大学歯学部卒業。医療法人聖仁会歯科医師。山梨県介護支援専門員協会会長。2013年6 月日本介護支援専門員協会会長に就任。現在、2期目

 

病院内に福祉用具事業所 リハビリと連動


 ――輝生会が運営する初台リハビリテーション病院や船橋市立リハビリテーション病院では、福祉用具事業所を院内に構えています。取組みについてお聞かせください。
 石川 最近は新しい福祉用具がどんどん登場し、機能も多様化しています。福祉用具に詳しい作業療法士などでも、追いつかないほどです。
 当病院では福祉用具事業者と連携して、福祉用具ショップを設置しています。そこに常駐する福祉用具専門相談員が理学療法士や作業療法士と協力して、院内で利用する車いすなどの適合・調整から、カンファレンスを通じた退院後の福祉用具の選定まで、病院のリハビリテーションと連動したサービスを提供してもらっています。
 病院の中で使う福祉用具は、病院がすべて独自にレンタルして、患者に利用してもらっています。患者も自分にあった福祉用具を使うことができ、病院職員の勉強にもなっていて非常に有用です。福祉用具専門相談員には広く病院でも活躍してほしいですね。病院運営の面からも、福祉用具の在庫を持たないで済むメリットがあります。これまで200床の病院なら、体格に合わせる分も考慮して、300台の車いすを備えておく必要がありました。メンテナンスや管理も事業者にお任せなので、その部分にも職員を割く必要がなくなりました。
 山下 輝生会さんのような病院と連携する福祉用具事業者も出始めているためか、最近は病院のリハビリ室なども、それほど違和感なく迎え入れてくれるようになってきていると思います。適切な福祉用具の利用がリハビリテーションに効果的だと、双方に理解が広がっているのではないでしょうか。
 当社も病院のリハ職との連携は重視しています。新しい福祉用具を紹介すると、あの患者に使えるのではないかなど、具体的にイメージしながら、意見を交わすことができます。今後はより加速度的に連携が進んでいくことでしょう。
 石川 福祉用具専門相談員の関わりに加え、同時に一般の人の認識を変えることも大切ですね。度が合わない眼鏡をわざわざかける人はいません。福祉用具でも自分に合ったものを使わないといけないという考えがもっとユーザーにも広がっていく必要があります。
山下 和洋 氏

山下 和洋 氏

慶應義塾大学卒業、2010 年ヤマシタコーポレーション入社、高松営業所配属。13 年7月より現職。全国福祉用具専門相談員協会、日本福祉用具供給協会の理事を務める

 

ケアマネジャーと福祉用具事業者の連携

 ――ケアマネジャーの立場から、福祉用具専門相談員との連携をどうお考えでしょうか。
 鷲見 福祉用具はその人の状態像に合わせて、タイムリーに切り替えることが大切です。石川先生の言う通り、数も種類もどんどん増えているので、福祉用具の専門家に相談することで、タイムリーな対応が可能になるのだと思います。
 これも在宅復帰のケースですが、病院でエアマットレスを使っていた利用者で、在宅では何を使えばよいかを福祉用具専門相談員に尋ねたことがありました。「マットレスの中央部は除圧ができて、端は立ち上がりがしやすいよう、少し硬めの製品がいいのではないでしょうか」と的確に答えてもらい、非常に助かりました。
 また、がん利用者を入浴させるとき、骨転移が進んで抱え上げただけで骨折するおそれがある人でも、リフトなら安全にやさしくお風呂に入れられることがあります。看取りケアでは、状態の変化が激しく、入浴できない日が続くこともしばしばあります。そうした状況ですので、お風呂に入れると、本人はもちろん、家族も最期までお風呂に入れてあげられたと大変喜んでもらえます。医師や看護師にその日の体調を確認し、訪問入浴のサービスと福祉用具のリフトを使って入浴させる。このようなチームケアの場面でも、福祉用具サービスは重要な役割を果たしています。それから福祉用具専門相談員のモニタリングに基づく情報提供も重宝しています。
 山下 介護保険制度で2013年4月より作成・交付が完全義務化された福祉用具サービス計画書には、「なぜこの人にこの用具なのか」という選定理由が記されています。ケアマネジャーからみれば、福祉用具専門相談員がどこまで考えて選んでいるのか、レベルを測る物差しにもなります。また、新たな気づきが得られることもあるのではと考えます。より連携を推進する情報共有のツールとして、今後も活用していきたいですね。
 石川 東京都の委託で地域リハビリテーション支援センターを運営している関係で、渋谷区、目黒区、世田谷区のケアマネジャーにどのような研修を受けたいかについてアンケートしたところ、一番多かったのが福祉用具でしたね。先ほどから出ているように種類の多さを始め、あとは事業者の選び方なども理由に挙げられていました。
 鷲見 輝生会の病院の中にある福祉用具事業所のように、福祉用具の実物があって、専門家がどのように選んでいるのかをみせてもらえれば理解が深まりそうですね。カタログだけではなかなかイメージが難しいですから。今年度からはケアマネジャーの更新研修で「リハビリテーションおよび福祉用具の活用に関する事例」が必修化され、新たに設けられる主任ケアマネジャーの更新研修でも同課目が位置付けられています。
 山下 その部分では福祉用具専門相談員もファシリテーターとして参画できるので、積極的に関わっていきたいですね。

その人が持つ能力の維持向上

 ――その一方で、次期改定では財務省は要介護2以下の福祉用具貸与の原則自己負担化を求めています。

 石川 率直に乱暴な案だと思います。福祉用具を削ったせいで、ほかのサービスが余計に必要になれば、財政的にも本末転倒ではないでしょうか。国が力を注ぐ介護ロボットも、深刻な介護人材不足のなかで生産性向上などを目指したものだと理解しています。一方で、同じモノである福祉用具を使いにくくするということも矛盾しているように映ります。
 鷲見 利用者からしてもモノを使って自分でできる達成感を味わえたり、人に迷惑をかけたくないという思いを叶えたりするのが福祉用具サービス。福祉用具のあり方の整理も必要かと思いますが、家族の負担も軽減し、要介護度で一律に外したり、切ったりすべきものではないですね。
 山下 その人が持つ能力の維持向上は、介護保険制度を貫く基本理念です。お二人の言う通り、今回の財務省案は、その理念に沿った提案とはいえないと思います。私もプライマリーバランスの健全化は図られなければならないと思いますが、その方法として財務省案は適切ではないと業界団体の調査事業で示しました。リハビリを実施して、福祉用具や住宅改修により在宅環境を整備する。それでもご本人の自立が難しい部分にマンパワーを導入する。これにより、限りある社会保障費を適切に利用することが可能になると私は考えています。
 ――本日はそれぞれのお立場から議論を深めていただきました。ありがとうございました。

(シルバー産業新聞 2016年10月10日号)

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