座談会

認知症を支える社会へ(2) 小島操/髙井隆一/石本淳也

認知症を支える社会へ(2) 小島操/髙井隆一/石本淳也

 11月11日の「介護の日」を記念して行われた特別座談会。認知症の方が増えていく時代の中で、どうすれば認知症の方が事故やトラブルに巻き込まれることなく、安心して地域の中で暮らしていけるのか。出席者それぞれの経験や考えを語り合ってもらいました。

安全性と意思の尊重の間にあるジレンマ

 小島  髙井さんの裁判は、私たち介護関係者だけでなく、世間でも大きく注目されました。
 髙井  当時、父は91歳で要介護4の認定を受けており、週に6日、デイサービスに通っていました。それまでに二度ほど、一人で外出してパトカーに乗って戻ってくることがありましたので、玄関先にセンサーアラームを設置するなど、防止のための努力はしていました。
 12月7日のデイサービスから帰宅した後、妻がほんの少し席を外し、そばにいた母がまどろんだ隙に家を出て、鉄道事故に遭いました。当時は歩くのも苦労していた状態でしたから、まさか、駅の自動改札を通って、ホームから線路に降りていくなんてことは想像できませんでした。
 その後、JR東海から振替輸送にかかった720万円の損害賠償を求められ、一審では全額の支払いを命じられることになりました。
 小島  一審の判決は、介護の現場に衝撃を与えました。私たちが特に恐怖を感じたのは、しっかりと介護をされてきた方が「目を離さず、見守ることを怠った」との理由で、損害賠償責任を負わされたことです。誰もが、認知症の方が勝手に外に出ていかないように、カギをかけて閉じ込めたりするようになるのではないかと恐れました。
 石本  認知症の方が歩き回ることを徘徊と言いますが、それはこちら側が一方的に徘徊と呼んでいるだけで、本人には歩く理由があります。認知症ケアでは、徘徊はうまく言葉で伝えられない人の心の声が、徘徊というアクションにつながっているため、そこを無理に止めてしまうのは、本人の意思表示を妨げることになるとされています。
 髙井  父の場合は、玄関のドアを施錠して外出を制限することは最悪の方法でした。施錠すると監禁されたと思い、ここから脱出しなければならないという感じで、ドアを外そうとしたり、フェンスを乗り越えようとするなど、かなり危険でした。いたずらに神経を刺激するだけでしたので、施錠をやめて自由に外出できるようにすると、却って落ち着いていました。
 最高裁の判決が世間で注目された弊害として、施設などが施錠を求められることが増えたと聞きました。「介護の時計の針が戻ってしまった」との声もありました。
 石本  特に認知症の介護には、安全性と本人の意思の尊重との狭間で、いつもジレンマがあります。介護をされる方には、こうした両方の考え方があるということをまずは知って欲しいと思います。
 家庭の事情もあるし、施設の事情もある。安全は大事。でもやっぱり、認知症になってもその人らしく生きていけることを支えていくことがベストなのだと理解してもらいたいです。

監督責任の常識が覆った判決結果

 髙井  一審の判決は、認知症の人を閉じ込める危険性と、もう一つ、介護に関われば関わるほど責任が重くなるという意味の判決でもありました。私も含めた兄弟と母の5人が被告になり、その中で監督責任があるとされたのは、同居していた母と介護の方針を決めていた長男である私の2人だけです。弟は当時、ドイツなどにいましたので、ほかの3人は監督責任がないということでした。
 小島  法律だけで考えると、非常に悲しい気持ちになりますね。親のことを想い、一生懸命介護に関わる方が罰せられるということですから。
 石本  JR東海が振替のために720万円の経費がかかったというのは、確かにその通りですが、認知症のことが理解されず、介護に関わった家族だけが責任を負わされる社会だったら、現場は立ち行かなくなりますよね。
 髙井  法曹界では、明治時代の家族制度の中で、家族の一人が起こした不始末については、家父長が責任を負うという考えがずっと続いてきました。ですので、監督責任を追及すれば、裁判では「まず負けない」というのが、これまでの常識でした。
 一審の時に、JR側は鉄道事故の全てのケースで損害賠償を請求し、ほとんどの家族が支払に応じていると説明していました。表に出ていないだけで、たとえ認知症の方が鉄道事故に巻き込まれても、請求されれば、損害賠償を支払っていたのが実態だったのです。
 小島​  最高裁では、そうした常識が覆ったわけですね。
 髙井  裁判では認知症の家族を介護する人たちの気持ちも背負っていましたので、「監督責任なし」とする判決が下った時は、本当にホッとしました。最高裁からは監督義務を判断する上で考慮すべき「諸般の事情」というのが示されたため、マスコミの方々は「全て免責されるわけではない」との部分を強調されましたが、基本的には認知症の方が発生させた損害で裁判を起こされても、「家族は基本的には支払わなくてもよい」という風に変わったと認識してもらうのがよろしいかと思います。
 これによって、鉄道会社が認知症の方の事故に備える保険もできました。「裁判しても勝てないかもしれないので、保険で対応しようか」との選択肢ができたのです。そうした保険を利用してもらえれば、少なくとも私たちのように家族を亡くしたショックが癒えないまま、請求を受け、裁判に巻き込まれるといったダブルショックを受けなくても済むようになります。

(介護の日しんぶん2017年11月11日)

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