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施設・住まい特養「赤井江マリンホーム」地域の防災拠点へ2020年3月19日07時05分

 2011年3月11日に起きた東日本大震災で10mの津波にのまれ全壊した宮城県岩沼市の特養「赤井江マリンホーム」(定員54人)。機敏な退避で幸いにも利用者、職員全員が無事だった。震災10年目のいま、小助川進園長は、あらためて防災への備えと現場の判断力と初動の大切さを訴えた。

備え・情報把握・現場力

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 「私は当時、全壊した施設を守っていた堤防の高さは6.5mと認識していたが、実は6.9mだったとその後に知った」。小助川園長は防災の大前提に「的確な情報把握」があると話した。「地震後の津波予測情報は、最初は3m高、それが6m高になった。退避の指令を出すかどうかの瀬戸際で、正しい堤防の高さは基本情報だったからだ。やがて、10mの津波が来ると分かり、即退避に移った」判断も結果も良かったとは言え、もし10mの津波という情報を聞き逃していたら、「6.5m」の防波堤で何とかしのげると判断して退避しなかったかも知れないと、10年経ったいまも小助川園長はおそれをもって反芻(すう)する。

 3.11当日、小助川園長は県老施協研究大会に向けた会議に出席するため施設を離れていた。「私の指示を待っていては間に合わなかったかも知れない。現場職員の主体的な判断が全員を助けた」と、普段から臨機に対応できる職員の育成が大事だと話した。

 3.11の1年前にチリ地震(10年2月27日)があり、日本でも津波情報が発出された。1時間半かけて内陸にある法人施設まで利用者全員で逃げた。津波情報が撤回されないままで、利用者一人ひとりの薬や食べ物などがない状況で一晩を過ごした。

 その経験と反省から避難マニュアルを見直し、職員の役割を明確にして避難時の持ち出し品などもリストアップ。マニュアルにしたがっての避難訓練も行っていた。

 この備えが活かされた。ただ、避難先はマニュアルに記載した法人施設では退避に時間がかかりすぎる。1年前のチリ地震の時、近隣住民がより近い仙台空港に逃げたという記憶があり、災害協定など一切なかったが、急きょ避難先を空港に変えて、職員の車も使って利用者全員を空港へピストン輸送した。停電のなか、空港職員の助けもあり、全員を空港2階へ避難させることができた。こうした初動は、備えとともに、現場での判断がものをいった。

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 14年2月、3年を経て同じ岩沼市の内陸部に再建が果たせた。災害対応施設をめざして、食料の備蓄、水の確保(井戸)、電気(自家発電)を備え、ライフラインが途絶えても、「4、5日は頑張れる」ものにした。自家発電機はポータブルタイプで各階に1台配置し、専用コンセントにつなぐと、そこから電気を得ることができる。通常は最上階の4階に置くが、地域の祭りなどにも出動している。

施設間の防災ネットワーク

 災害時の受入れ施設として、日ごろは職員食堂に使っている4階を、市と災害協定を結び福祉避難所にした。県内の特養間で被災状況などを知らせる連絡網が設置されているほか、宮城県と山形県の特養どうしでも災害協定を結んだ。緊急時の施設間の連絡網も決めている。昨年の台風19号の時には、山形県丸森町の特養からSOSが発せられ、宮城県の仙南ブロックの特養が物資を届けた。

 「10年という歳月は短いようで長い」。再建後に入った職員も増えた。フィリピンから来た留学生もいる。震災をともに乗り越えたという思いからだけでは、すべての職員と接することができなくなっているのを感じる、とも話した。

 法人には、再建に要した10億の借財がある。3.11の1週間後に引き渡し予定だった隣接地のグループホームも流され、その自己負担分も法人の借金になった。再建までの3年間、収入が途絶えた中で給与費などの運営経費の負担が大きい。返済額の大きい向こう6、7年間を乗り越えるまでは見とどけたいとの思いだと言う。

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