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介護保険・行政【インタビュー】介護保険これまでの20年、 これからの20年(前編)2020年3月26日07時10分

介護保険は日本の高齢化の問題に非常に正しく機能した

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 2020年4月に、介護保険は制度創設から20年という節目を迎える。家族の介護の問題を社会全体の問題として捉え、要介護認定やケアマネジメントなどの新たな手法を用いて、利用者の自立を支援するという画期的な制度で、措置から契約へと日本の福祉制度に地殻変動を起こすインパクトをもたらした。今号から始まる特集では、介護保険制度に深く関わりのある有識者、関係団体、関連企業の方々に「これまでの20年、これからの20年」をテーマに話を聞いていく。トップバッターは、厚生官僚として介護保険制度創設や見直しに深くかかわった中村秀一氏。「走りながら考える」とされる介護保険制度。これまでの20年、これからの20年について、読者の皆さんと一緒に考えていきたい。

介護保険創設時の5つの不安

 今から20年前に介護保険は施行されましたが、スタートさせる際は、いくつかの不安が指摘されていました。その中で最大の心配ごとは、「保険あってサービスなし」になるのではないかという不安です。それまでの措置制度には、保険料というものはなかったですから、納めた保険料に対して納得してもらえるだけのサービスがきちんとついてくるのか、その点が心配されていました。

 二つ目は、「第2の国保になる」という心配です。介護保険は市町村が保険者となる仕組みとしましたが、当時の市町村は国民健康保険の運営に苦労されていて、最後まで介護保険制度の導入に反対していました。

 三つ目は、「措置から契約へ」ということで、事業者の方々の不安です。これまでは、措置制度の下、サービスの決定権は行政にありました。事業者にしてみれば、行政がお客さんを連れてきて、そこに措置費も付いてくるという仕組みです。それが介護保険制度の導入によって、利用者が事業者を選ぶ仕組みに変わるので、果たして経営がうまく成り立つのかという不安がありました。

 四つ目は、これまでにない新しい仕組みが上手く機能するのかどうかという点です。政策的に見ると、介護保険は医療保険を1961年に皆保険制度にして以来、40年ぶりの新しい皆保険制度です。新たな試みとして、介護の必要性の判断に要介護認定を使うことや、個別性に対応するためにケアマネジメントという手法を用いること、さらには請求業務の電子化や利用料の定率負担など、医療保険ではできなかったことを積極的に取り入れました。これがうまくいくのかどうかという心配です。

 五つ目が、これは大きくは言われていませんでしたが、当時の厚生省内で、将来、保険料がどんどん高くなっていった時に、やがて介護保険の限界が来るのではないかという不安がありました。そうならないようにするために、給付と負担のバランスをどうとっていくのかが大きな課題でした。

デイの看板や送迎車を見ない日はない

 期待と不安を抱えてスタートした介護保険ですが、多くの心配は杞憂に終わる結果となりました。

 私は1990年に老人福祉課長を務めていましたが、当時、厚生省は在宅の寝たきり老人は24万人いると推計していました。それに対して、ヘルパーを派遣していた実績は10万人の方に対し、1人あたり年間48回という数字です。1年は52週ありますので、在宅の高齢者に対して、週に1回ヘルパーが訪問できていなかったという計算になります。それが、介護保険が始まったことで、今では要介護4、5の人には1日1回以上ヘルパーが訪れています。費用も当時の予算は400億円程度に過ぎなかったのが、今の訪問介護の費用はおよそ9000億円ですので、まったくの別世界です。

 デイサービスもゴールドプランが始まった当時は、実施している市町村が全体の2割しかありませんでしたが、今では通所介護は1中学校区あたり4カ所以上あります。町を歩いてデイサービスの看板や送迎車を見ない日はないくらい、介護保険は街の光景を一変させました。措置制度のままでしたら、このような世界は実現していなかったでしょう。

 この20年間で1号被保険者は2165万人から3528万人と1.6倍に増えましたが、介護保険を利用している人の伸びは3.4倍と、人口の伸びを大きく上回っています。

 費用の伸びでも、社会保障費全体は平成の30年間で2.5倍の伸びですが、介護保険は20年間だけで3.3倍の伸びなので、年金や医療よりも断然に大きいことがわかります。

 つまり、当初の不安だった「保険あってサービスなし」にはならなかったし、保険者や事業者の心配も杞憂に終わった。そういう意味で、介護保険は高齢化の問題に対して、非常に正しく機能したと言えるでしょう。逆に言えば介護保険がなければ、日本の介護は本当に悲惨なことになっていたと思います。

弱点が露呈した「利用者の施設志向」

 上手くいった部分が大きい介護保険ですが、課題もありました。私は2002年に老健局長に就任し、介護保険施行5年後の見直し作業の責任者になりました。介護保険は制度開始当初から請求を電子化していましたので、実績がすぐに統計として出てきます。そこから見えてきたのが利用者の施設志向です。

 2000年4月の統計を見ると、給付費の総額は2190億円。そのうち、実に72%が施設に対する給付で、在宅サービスは28%という実績でした。ゴールドプランで10年間、在宅のサービス基盤を強化してきましが、措置制度から介護保険にバトンタッチした時点では給付は依然として施設サービス中心だったのです。なぜ施設志向かというと、24時間365日の安心感が当時の在宅サービスでは不十分だったからです。言ってしまえば、重度になっても介護保険によって在宅で暮らし続けられるというのは絵空事だったということです。それをどう解決するかが課題となりました。

 もう一つの課題は、要介護認定のデータから見えてきました。初年度、要介護認定を受けた218万人のうち、半数の人に認知症の症状があることが分かりました。介護保険3施設の利用者で言えば、認知症の症状がある人が8割という状況でした。要するに在宅サービスが認知症の人に対応できていなかったのです。

 そうした課題を解決するために、高齢者介護研究会(座長=堀田力・さわやか福祉財団理事長)を立ち上げ、「2015年の高齢者介護」という報告書をまとめてもらいました。それを元に、地域密着型サービスの類型や小規模多機能型居宅介護などをつくりました。さらに在宅か施設かの二元論ではなく、サービス付き高齢者向け住宅など、新たな住まいの形もつくっていくことにしました。

 そうした結果、現在の給付費の割合は施設サービスは33%、在宅サービスと地域密着型サービスが67%と、制度当初とは逆転する形になり、利用者の在宅志向が大きく進む結果となったのです。

地域包括ケアシステムから共生社会の実現へ

 報告書の中には、「地域包括ケアシステム」という言葉も初めて書かれました。住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを最期まで続けられるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるシステムです。

 その際、何が必要かと言えば、やはり「連携」と、それをコーディネートする機関が必要になります。そこで地域包括支援センターをつくることにしました。そしてその費用を賄えるように地域支援事業も創設しました。これは介護保険を財源として市町村が事業(この場合でいえば地域包括支援センターの設置)を行える仕組みです。

 これによって、介護保険は医療保険と違い、個別の給付だけでなく、市町村事業の両方を行えるようになりました。このことが、今日行われている在宅医療・介護連携推進事業や介護予防・日常生活支援事業などにつながっていくことになりました。

 現在は、政府の方から地域共生社会を実現する考えが打ち出されていますが、それはつまり、介護保険が20年で確立してきたことを、障がい者や児童、生活困窮者、さらには引きこもりの人にまで適用していくことになるのだと思います。

 地域包括支援センターはブランチも含めると、今や全国に7000カ所できています。地域共生社会を実現していく中で、市町村が地域での相談のプラットフォームとして地域包括支援センターを活用しない手はないでしょう。(次号につづく)

 

中村秀一(なかむら・しゅういち)

 東京大学法学部卒業。1973年厚生省(現厚生労働省)入省。在スウェーデン日本国大使館、厚生省老人福祉課長などを経て、22002年老健局長、05年社会・援護局長、08年社会保険診療報酬支払基金理事長を歴任後、10年内閣官房社会保障改革担当。12年より一般社団法人 医療介護福祉政策研究フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。

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