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山鹿灯籠まつり 幻想的な世界へ誘う

 遥か古代から、山鹿の人々の間で受け継がれてきた山鹿市最大の夏の祭り。その由来は、ご巡幸中だった景行天皇のご一行が行く手を菊池川一帯に立ち込めた濃い霧に阻まれて立ち往生した折、山鹿の里人が松明を掲げてお出迎えした伝説とされている。それから後、山鹿の人々は毎年、天皇を祀り、大宮神社に松明を奉納するようになったのが始まりで、室町時代にその松明が和紙製の灯籠に姿を変えたものだという。

 江戸時代になると、8月16日の深夜に、各町内の辻々に飾られた灯籠を、若者たちが担いで、神社に奉納する「上がり灯籠」が行われるようになる。

灯籠踊りとよへほ節

 山鹿灯籠まつりといえば、誰もが思い浮かべる、頭上に金灯籠をのせた浴衣姿の女性たちが、優雅に舞い踊る「灯籠踊り」は、意外と新しく、昭和29年頃から始まったもの。明治から昭和初期にかけて流行したというお座敷歌を野口雨情が改詞した「よへほ節」のどことなく艶っぽく、哀愁に満ちた響きは、ゆらゆらと揺れる灯籠の灯りと相まって、夢幻の世界へと導く。

 「よへほ節」の「よへほ」は囃子詞。「よへ」はこの踊りを見て「(あなたも)酔いなさい」、「ほ」は肥後弁特有の相手の気を惹いたり、注意を促す場合の「ほー、ほー」で、合わせて「(あなたも)酔いなさいよ、ホラッ」といったニュアンスだそう。

ハイライト「千人灯籠踊り」

yamaga_toro_11_10_15.jpg まつりは、8月15日の夕刻、大宮神社の参道の広場の山鹿灯籠踊り保存会による奉納灯籠踊りから始まり、宵がふけるとともに、他の会場でも地元鹿本農高郷土芸能伝承部や文化協会、一般市民などの灯籠踊りが、何回となく繰り広げられる。翌16日も夕刻から灯籠踊りが繰り広げられるが、山鹿小学校グラウンドでは、9時ごろの松明行列を挟んで前後2回、祭りのハイライト「千人灯籠踊り」が行われる。頭上に灯籠を乗せた女性たちが優雅に舞い踊ると、薄暗闇に千の灯が浮かび、櫓を中心にして幾重にも重なる灯の輪が、見る人を幻想的な世界へと誘う。

 「千人灯籠踊り」の余韻が残る町に若者たちの「ハーイとうろう、ハーイとうろう」の掛け声が響き渡ると「上がり灯籠」の始まり。奉納灯籠が大宮神社の境内へ運ばれていく。この神聖な儀式で、盛大で華麗な「火の国」肥後の火の祭りが幕を閉じる。

 灯籠踊りの時期は、山鹿温泉の旅館は書き入れ時で、山鹿市観光課の中島崇人主事は「早めのご予約を」勧めている。

 山鹿灯籠踊り保存会は、未婚の女性のみで組織され、当日はピンク色の浴衣を着て、金色と銀色の灯籠を頭に乗せて踊る。保存会以外の踊り手は、浴衣は白色、灯籠は金色のみと定められている。保存会は、毎年新しい未婚女性を加えながら、毎週2回の練習を欠かさない。そして、夏の本番以外でも、全国で引っ張りだこで、各地で年間100回以上踊りを披露している。外国から招待されることもしばしばだという。

(写真:山鹿市観光課提供)

<ねんりんピック新聞2011年熊本号>

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