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佐世保をジャズの似合う街へ 山下さんの遺志継ぐ

 佐世保とジャズの関わりは1945年の終戦後、進駐米軍が娯楽としてはじめたのがきっかけ。50年の朝鮮戦争では国連軍最大の後方支援基地となり、軍司令部が将兵たちの慰問としてビアホールやジャズクラブの開設を要請。外国人が行き交う街並みに、住民もいつしか「ジャズの似合う街」を感じるようになった。そこへ現れたのが山下ひかるさんだった。

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 佐賀出身の山下さんは23歳で大手家電メーカーを退職。72年にジャズ喫茶「いーぜる」をオープンした。「ジャズは必ず佐世保の観光資源になる」との想いで、フェスの開催や若い演奏家の育成など、今日までジャズ文化をけん引してきた。

 その山下さんが今年7月12日、がんで亡くなった。66歳だった。ジャズ発展の仲間の一人、大友方彦さんは「いつもにこやかで、争いごとを好まない人。読書が好きで勉強家でした」と語る。

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 「海外から有名な演奏家を招待しても、当時使える会場はせいぜい200~300人規模。完全に赤字です。それでも続けました」。そのうち、大友さんはじめ山下さんに刺激を受けた同志が「ジャズファンクラブ」を創設。現在はジャズ関連イベントの中心的な実行委員会となっている。

 なかでも今年で26回目を迎える「サンセットジャズフェスティバル」は九州最大のジャズイベントにまで発展。「ジャズは自由な音楽の象徴です。ライブの臨場感をぜひとも楽しんでほしい」と大友さんは呼びかける。

 昨年末、山下さんは治療に専念するため「いーぜる」を他のメンバーに譲った。

人の心に響くドラマー2.jpg 今も週末は全国からジャズファンが来店するそうだ。店内には山下さんが40年以上かけて集めたレコード4,000枚、CD1,000枚がびっしりと並ぶ。

 「次世代への継承も含め、佐世保のジャズ文化はまだまだ道半ば。山下さんの想いを絶やさないよう、ジャズで佐世保を元気な街にしていきたい」(大友さん)。

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