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「ちゃんぽん」 のルーツ長崎

 長崎で生まれ、今や日本全国で食される「ちゃんぽん」。そのルーツは?ちゃんぽん発祥の店「四海樓」の4代目陳優継氏に話を伺った。

 話は、陳氏の曽祖父、陳平順氏にさかのぼる。明治6(1873)年、中国(当時は清)福建省福清県に生まれた陳平順が、明治25年、「19歳の時に、蝙蝠傘1本もって長崎に来た」。反物の行商で資金をため、明治32年、「四海樓」を開業。従業員30人の立派なレストラン・旅館だ。「四海」は、四方の海、世界のことだが、四方の海に波が立たず静かである→国の内外が平和なことという思いを込めた。「樓」は、中国語で2階以上の建物のこと。

「ちゃんぽん」 のルーツ長崎1.JPG

 華僑が商売をするのによく「三刀」といわれる。料理、散髪、仕立の3つである。平順は料理を選んだ。小さいころからひもじい思いをしてきた平順は、「人は食べ物によって生きる意欲や勇気が湧いてくる」ことを身をもって知っていたのだ。また、中国の男性は、日本男性の「男子厨房に入らず」とは違い、自分の食べるものは、自分で作る、自分の好きなものを作る、という思想があり、それぞれが好きな料理、スキルを持っていた。

ちゃんぽんの始まり

 念願の自分の店を持った平順。長崎に新天地を求めてやってくる若者のために、安くておいしくて、栄養があって、お腹がいっぱいになる料理を考案し試行錯誤を重ねた。

 福建の郷土料理に湯肉絲麵があり、細切り豚肉のほか、椎茸、筍、ネギ、季節の野菜などをラードで炒めたものが入り、麵は手打ちで味はあっさりしている。平順はこれにひと工夫を加えた。食材の豊富な長崎の近海でとれたエビ、イカなどの魚介類、長崎で栽培されていたもやし、当時まだ珍しかったキャベツも加えた。さらに鶏ガラでとるのが基本だった中華スープに、豚骨を入れた。スープは白濁し、コクのある深い味わいとなり、栄養価もぐんとアップした。

 ラーメンなどの中華麺は鹹水(かんすい)を使うが、ちゃんぽんの麺は小麦粉に炭酸ナトリウムと炭酸カリウムが主原料の長崎独特の添加物である唐灰汁(とうあく)を入れて作る。独特の風味が出て、コシもあり腐敗も防ぐといわれる。太さも食感があり腹にたまるように太めとし、丸い形とした。

 その作り方は、中華鍋に油をひき、具材を軽く炒める。次にスープを注ぎ全体になじませたら唐灰汁配合の自家製麺を入れる。麺をほぐしながら強火で短時間煮込み、最後にもやしを入れ、醤油で味を調えたら器に盛り付ける。うまくて安くて、ボリュームがあり栄養もとれるちゃんぽんの出来上りである。

 今では、各地のラーメンで豚骨をベースにしたものが増え、豚骨はなじみになっているが、豚をよく使う中華料理でも、豚骨を使うということは、ほとんどなかったそう。我々がちゃんぽんを食べた時に感じる「何だろう、このコクのあるスープの味は?」は豚骨のなせる業だったのだ。

 最初はまかない料理のような物で、はじめは、支那饂飩といって店に出されていたが、いつしか「ちゃんぽん」と呼ばれるようになった。

なぜ 「ちゃんぽん」 という?

 当時の華僑たちの挨拶の慣用語が「吃飯了嗎(チィファンラマ)?」(ご飯は食べましたか?)。大阪商人の「儲かりまっか?」のようなもの。この吃飯が福建語では“シャポン”または“セッポン”という発音になる。この挨拶言葉“吃飯”が長崎人の耳には“ちゃんぽん”と聞こえ、彼らがおいしそうに食べている「支那饂飩」と同義語となり、ついには「ちゃんぽん」という料理名になったのではないか、というのが4代目陳優継氏の解釈。

 我々が日常よく使う「ちゃんぽん」は、「酒とウイスキーと焼酎をちゃんぽんで飲む」などのようにまぜこぜにする意味で使っているが、これも「ちゃんぽん」に色々な具材を使用していることから派生しているようで、ちゃんぽん料理と共に我々の生活に定着している。

「ちゃんぽん」 のルーツ長崎2.jpg4代目の名

 4代目の名「優継」の「優」は、“輩字”(輩行字とも)といい、中華圏で同じ宗族の世代ごとに、名に特定の漢字を使うことで、平順の「平」、祖父揚春の「揚」、父名治の「名」などのように宗族で決められ、代々受け継がれてきたもの。記憶しやすいように四言絶句の詩になっているという。先年、優継氏が平順の生まれ故郷福建省の村を訪ねた時、同じ「優」の字を使った名前の人と会って、感激したそうである。同様の習慣は、日本や東南アジアなどの華僑の間にもまだ残っているという。中国人の宗族意識、一族意識は連綿と続いている。

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