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「無ければ、つくればいい」不毛の地にサッカーの種をまく

サッカー

石川県金沢市 道場昭太郎さん(75)

05douba.jpg 道場さんは金沢市内の介護老人保健施設「ピカソ」の施設長を務める医師。国立金沢病院に外科医として勤務し、定年後、先輩医師から引き継ぐように今の施設に移り、10年がたつ。日中は急変対応など、何かと呼ばれて診察することもしばしば。

 そんな道場さんがサッカーに打ち込める貴重な時間が、毎週土曜の午後。30代から80代まで広い世代が100人以上所属する「金沢フェニックスサッカークラブ」の練習が行われる。「同世代はほとんど仕事をリタイヤしているので、私が到着するころには既に練習場で汗を流しているチームメイトもいます」と話す道場さんは、練習中も常に緊急コール用の携帯は持ち歩くようにしている。

 ねんりんピックでは2010年の地元石川大会、昨年の山口大会でグループ優勝と立派な成績を誇る。「全ては対戦相手次第」と話す道場さん。今年はチーム最年長として出場し、指揮も執る。「前後半5分ずつピッチに立って、あとは若い連中を立てます」。

 全国大会での遠征は、医師の道場さんにとっていわば休息の時間。施設入所者や家族、職員にもサッカー遠征のことはよく知られているので「施設を空けると必ずお土産をねだられます。100人+職員分をどうしようか、悩みどころです」と頭をかく。

05douba2.jpg 道場さんの人生は「サッカーの種をまく」人生でもあった。高校でサッカーをはじめた頃は、石川県内のチームはわずか6校ほどで全く根付いていなかった。

 「練習はとにかくキツかった」と語る道場さん。大学のチームの練習の手伝いにも駆り出された。「疲れて、金沢から小松へ帰宅する電車を寝過ごしたこともしばしばでした」と振り返る。

 北海道大学医学部に進学後も、サッカーをしたいという想いは変わらず。当時、サッカー不毛の地だった北海道で道場さんは部を創設した。春が来ると、新入生の出身地を片っ端からチェック。「サッカーがメジャーな静岡、埼玉出身は『大物』が釣れる確率が高い。必ず声をかけて回りました」。

 大学卒業後に青森県の病院に5年ほど勤めたのち、1975年に金沢に戻ってきた道場さんは「フェニックス」に加入し、地元の同級生たちと再び同じピッチに立つことが叶った。

 今では石川県内のシニアも20数チームに拡大。「サッカーが石川で根付いてきたことが何より嬉しい」と語った。

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