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地域包括ケアの先駆者が志す 心豊か、穏やかに暮らす理想の住まい

1051.jpg 本州最西端・下関市のさらに西端、彦島地域にある「フロイデ彦島」は、まるでリゾートホテルのような壮麗さと開放感を併せもつ介護・福祉・地域交流の複合施設。窓を開ければ目下に関門海峡が広がり、夜は北九州工業地帯のライトアップが景観を独占する。

 建物の内壁、中庭は上品な朱赤色で、建物中央にはショッピングモールさながらに、スケルトン仕様のエレベーターを設置する。施設の雰囲気を全く感じさせないデザインは、福祉施設としては異例の建築業協会賞を受賞し、海外でも広く紹介されている。

入居者・家族・地域に開けた生活の場

saito1.jpg 運営するのは、現在同市で医療・介護7拠点、56事業所を擁する松涛会グループ(斎藤正樹理事長)。高齢化率が5%だった時代から地域の医療・介護を面で支えてきた、地域包括ケアシステムの先駆的存在だ。「福祉機能を有しつつ、地域の誰もが利用できる場所をつくりたかった」と斎藤理事長は話す。

 地域交流の代名詞とも言えるのが、同施設1階、食堂ホールの隣にある「ベートーベンホール」。斎藤理事長が「これまで6、7回はウィーンへ墓参りに行った」と敬愛する作曲家から名付けたものだ。

1050.jpg 世界的に名高い「スタインウェイ」のピアノと最高級の音響設備を備え、コンサートはもちろん映画鑑賞会、職員の研修会等にも利用。さらに、災害発生時の避難場所にも指定されている。

 介護サービスは訪問介護、通所介護、ケアハウス、グループホーム、居宅介護支援。1階の通所介護は他エリアとの仕切りがほとんどなく、機能訓練場所以外は「交流スペース」として、誰でも気軽にくつろげる。

 また、入居者の家族が泊まれるゲストハウスも完備。広々としたリビングにキッチン、ダイニングに、お茶をたてる和室まで用意され、1泊2,980円だというから驚きだ。「誕生日会、お茶会など利用方法はさまざま。家族だけの大切な時間を過ごしてもらいたい」と斎藤理事長。自身が最期まで住みたい理想の施設でもあると話す。

いち早く医療・介護連携に着手

saito2.jpg 斎藤理事長が導いた医療・介護・福祉の一体的ケアの起点は1960年、従業員5人で開業した「斎藤内科クリニック」にさかのぼる(左・写真)。在宅医療という言葉すら存在しなかった当時は救急車もなく、往診に追われる日々だった。

 「その頃の高齢化率はわずか5%だったが、それから15年で10%に。高齢化の進展は明らかだった」と斎藤理事長。それを受け止めるにはケア体制の組織化が不可欠とし、病院設立を決意した。

 何より契機となったのが、現在同グループ副理事長を務める妻・妙子さんとのアメリカ視察。ロサンゼルス郊外で偶然訪れたショッピングセンターが病院・福祉施設を併設していた。「日本でもこうした形の医療・介護が必ずはじまる」と感じたという。

 ところが、地域の開業医は「患者が取られる」とこぞって反発。銀行には圧力がかかり借入金の都合がつかなかった。結局、年12%の高利貸しに頼り、81年に慢性期を中心とした「安岡病院」を開院した。

 すると初日から、入院患者が7人も訪れた。高齢者医療の必要性を肌で感じた瞬間だったという。また、周囲の不安とは裏腹に、療養が必要な患者の紹介や、退院後の送り出しなど、役割分担が明確になったことで、地域の病院との連携が構築された。

 2年後の83年には医療法人社団松涛会を立ち上げた。法人名「松涛会」は、病院を建てた土地に生い茂っていた「松の木」と、海の近くの「波の音」に由来している。

 さらに、高齢者ケアには医療・介護・福祉の連携が不可欠と確信したのがヨーロッパ視察。福祉施設を訪問した際、入居者ではない、地域住民が自由に出入りする光景に衝撃を受けた。

 「このとき、複合型のケアのイメージが創られた」と斎藤理事長は振り返る。86年に社会福祉法人を設立し特別養護老人ホーム「はまゆう苑」を、91年には介護老人保健施設「コスモス」を相次いで開設。「地域の高齢者ケア全体をみたとき、入院医療だけでは支えきれない。生活の場へ戻すしくみが必要だった」と斎藤理事長は説明する。

身体と心の緩和ケア

 がん患者の増加に伴い、99年には当時では珍しい緩和ケア病棟(25床)を開設。県内2番目、民間病院では県内初だった。

 緩和ケアとは末期がん患者などを対象に、特別な延命治療は行わず痛みを和らげ安らかな最期を迎えるための支援を行うもの。斎藤理事長はそこに「本人、家族の心のケアも含まれる」と強調する。「余命を伝えていても、急変等ですぐに亡くなられることも多い。ご家族の不穏、不信感を取り除くには、事前のきちんとした説明と、日々のコミュニケーションが大事」。

 同病院では亡くなった患者家族へのケアの一環として「思い出を語る会」を1年後に開催している。病棟職員も参加し、フリートークや、生前の映像などを流しながら、家族の胸の内を語ってもらう場を提供。斎藤理事長は「完全に心が落ち着くのに3年はかかる。それまでの心の拠り所として役立てれば本望」と話す。

 常に高齢化時代を先読みし、備えてきた斎藤理事長。今後については認知症、循環器系疾患のような慢性期疾患、つまりすぐに治らない病気が増える点を指摘。「医療だけの対応は限界がある。看護、介護の必要性がより増してくる」と語った。 

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1階の食堂

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ゲストルームのリビング

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