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シルバー産業新聞

テニス 大阪府池田市 神田昌住さん(62)

飲み話から出場へ テニスできることに感謝

腰痛克服しテニス観一変

kanda.jpg チーム「すきやねん大阪」の監督も兼ねて、初出場する。北大阪テニス協会の役員を務めるが、役員との飲み話から、60歳を過ぎた役員でチームをつくって出場しようというアイデアが実現した。

 テニスは中学校の時に軟式テニスからはじめ、高校からは硬式テニスを本格的にやり続け、インターハイにも出場した。大学では同好会でのプレーだった。

 テニスを始めたのは「個人競技だから」。団体競技が馴染めなかった。とはいえ、テニス仲間とのつながりこそが、今までテニスを続けてこられた要因だと言う。

 テニスは、一般に思われているより、フィジカル(体力)の要素は少なく、メンタルや技術の占める部分が大きく、年配者でも若い人に勝てることがしばしばあるという。神田さん自身も、53歳のころに、若い人も参加する市民大会で優勝したことがあるそうだ。シニアの世界大会に出場した経験もある。

 3年前に椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症が悪化して、手術を受けた。1年半くらいはリハビリを兼ねた軽いテニスしかできない状態が続いたが、それまでの元気が当たり前という考えから、「テニスができることが有難いと思えるようになった」という。何でできないのかと思っていたのが、できないこともあると思えるようになった。

 年齢を重ねてきたことと、テニスができないような疾患を経験したことが、テニス観を変えることになったのだろう。今でも歩き続けたり、激しく動くと足腰にしびれが出ることがある。

 今は、無理をしない程度のプレーとなるが、市民プレーヤーからの要望を受けて、茨木市のテニスコートで、週3回のコーチを続けている。実際にプレーして見せるコーチぶりに、市民プレーヤーからは目に見えて上達すると非常に好評を得ている。

 全国大会に出るのは、手術前の7、8年前のスポレク大会(滋賀県)以来となるが、出るからには、気持ちだけは「優勝」したい、と。

 最近は、プレーやコーチを楽しむとともに、その英語力を活かして、大阪靭公園での女子の国際大会の運営に当たるなど協会の役員としても多忙だ。

 全豪オープン・テニスを観戦するのが毎年の楽しみになっている。オーストラリアには娘さんもいて、大阪の大会で世話をした同国の女性プレーヤーに歓待されるのも嬉しい。

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