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黒川温泉振興の祖 後藤哲也さんに聞く

黒川温泉が「行きたい温泉」NO1になった理由
 

 閑古鳥が鳴く温泉町

goto1_n1110.jpg 阿蘇山北側の南小国町にある黒川温泉。筑後川の源流、田の原川の渓谷を見下ろすように20軒ほどの和風旅館が立ち並ぶ。豊かな緑に囲まれた山間の露天風呂、浴衣姿の観光客が歩く遊歩道、どこを切り取っても絵になる全国有数の温泉郷として知られる。

 今でこそ全国から多くの観光客が訪れる黒川温泉だが、長く日の目を見ない時期もあったと当時を振り返るのは、老舗旅館「山の宿新明館」の後藤哲也さん。黒川温泉振興の中心人物だ。

 東京オリンピックに沸いた1964年、別府阿蘇道路が開通し、わずかに賑わいをみせたのもつかの間、黒川温泉は閑古鳥が鳴くような状況が続いていた。そんな中で唯一、盛況な旅館が新明館だった。その理由を、後藤さんは「お客さんの求めるものが新明館にはあったからです」と言い切る。

10年がかりで造った洞窟風呂

goto_n1110.jpg 後藤さんは若いころから毎年、温泉地や観光地に足を運び、観光客のニーズが何なのか目を凝らし探ってきた。客の視点に立って考え抜いた末、導き出した結論は「癒し」だった。日常を忘れ、心身を休める環境や雰囲気を提供しなければ、ニーズに応えられないと考えた後藤さんは新しい露天風呂を造り、旅館の周りに樹木を植えた。

 ノミと金槌を使って岩山を掘り、10年掛けて完成させた「洞窟風呂」は新明館の名物となった。コナラ、リュウズ、アセビ、ブナなどあらゆる樹木の配置にも気を配った景観は「自然より自然らしい」と評されるほどだった。都会からやって来る観光客が求める「田舎」を演出することで、新明館は客の心を掴んでいった。

町全体で癒やし表現へ

kurokawa_n1110.jpg やがて後藤さんはこの「雰囲気づくり」を黒川温泉全体で取り組むべき課題だと考え始める。「極端な話だが純和風の風景に、一つ洋風ホテルが建ってしまえば、たちまち景観を壊し、お客さんはしらけてしまいます。温泉街全体で足並みを揃えて、統一されたものを作っていく必要があったのです」

 そんな折、同じく黒川温泉で旅館を営む経営者が後藤さんに相談を持ちかけて、後藤さんはこれまでのノウハウを惜しみなく指南した。直伝の「雰囲気づくり」を実践した旅館は客を集め成果をあげた。この成功事例をきっかけに、後藤さんには各旅館から同様の相談が寄せられ、全体の意識は変化していった。後藤さんが先頭にたち、黒川温泉の旅館が一丸となって今日の「客が求める温泉地」へと変貌していったのである。

 後藤さんは今年傘寿(さんじゅ、80歳)を迎える。「景観づくりもようやく仕上がってきた。でもこれからが難しい。人間相手の商売だから」と苦笑いを浮かべたが、日々変化する顧客ニーズを見逃す気はなさそうだ。

<ねんりんピック新聞2011年熊本号>

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