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「せめて1勝を」 地元長崎 最高齢91歳

将棋

長崎県長崎市 太田 満さん(91)

○太田さん5.JPG

 大正15年1月生まれで、満90歳9カ月。子どもの時のけがで、左目が不自由というが、耳は全く不自由なく、歯は入れ歯ながら、きちんと噛めている。外出するときに、念のため杖を持参しているが、ほとんど使うことはなさそうだ。

 太田さんが将棋を始めたのは、子どもの頃の遊びから。特に、夏休みにはよくやったそうだが、その頃将棋教室があるわけでもなく、「全く我流だった」という。

 また、その頃流行っていた行軍将棋でもよく遊んだそう。これは、軍隊の階級や兵種を元にした駒を用いて盤上にて競うもので、駒には強弱があり、同じ升目で駒がぶつかったときの勝ち負けを決めておく。ゲームは相手の総司令部を占領するか、相手の動ける駒を全滅させた方が勝ちとなる。

 三菱工業青年学校に入り、勉強と教練と三菱兵器でのグライダー製造に携わっていた頃から、友人と本格的に将棋を指し始めた。厚生施設である三菱倶楽部の中で将棋に没頭したのは「懐かしい、いい思い出です」。

 昭和20年3月に召集され、久留米連隊に入隊。訓練の後も戦地に送られず、新兵世話係として内務班に残っているときに敗戦。時津町に疎開していた母も無事だった。戦後は、鍋や釜の製造をする三菱精機で働いたが、三菱造船と合併してからは、造船部の組み立て工場でエンジン、タービン、小歯車の組み立てに携わった。造船ブームの中大忙しで、外国からの注文船の点検検査、修理のために海外出張もたびたび経験した。 そんな職場でも、将棋が大流行りで、昼休みなどは、みんなが将棋で楽しんだ。太田さんは、強い人の将棋を見て、学んで、それを身に付け、実力をつけていった。やはり独学だ。そして、太田さんの班は、課対抗や工場大会で好成績を収めるようになり、太田さんは組立班の個人戦では10年連続優勝の偉業を達成。さらに、長崎市の大会でも優勝した。

 ねんりんピックには、70代に1度出場したが、「相手にしてもらえなかった」。今年は、県予選3回戦で「負けると思った」が、「起死回生の一発で、一太刀浴びせた」劇的勝利を収め、優勝戦まで勝ち抜けた。90歳の鮮やかな勝ちっぷりに、役員、選手一同を驚かせた。

 毎週月曜にはデイサービスで、器具を使った筋力運動を続け「まだまだ皆の世話にはならない」と介護予防に努めている。

 午後は毎日のように老人施設「あじさい荘」で、将棋を楽しむ。体全体を使った筋力運動と頭を使う将棋の2つが太田さんの若さ、元気を支えているのだ。

 あじさい荘の老人会では5年あまり会長を務め、会員減少のクラブが多い中、会員を大幅に増加させ、老人会から「感謝の言葉」を特別に贈られたという。 衰えを知らない頭脳で、70代に為し得なかったねんりんでの勝利、「せめて1勝」が願いだが、再び鮮やかな勝ちっぷりを見せてくれることを期待。

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