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「最後まで好きなことを」 タバコをくゆらせ逝った母~小池百合子さんの介護体験2019年11月18日12時23分

 

 東京都の小池百合子知事は、母・恵美子さんを自宅で看取った経験を持つ。肺がんの宣告を受けた際、手術や化学療法を選ばず、がんとの共生を選び、残された人生を楽しく過ごす選択をした母。その意思を受け止め、自宅で看取った小池知事に、当時の介護体験を振り返ってもらった。

 

末期がん宣告後、自宅での看取りを決意

 

 ――母・恵美子さんはどのような方だったのでしょうか。

 1925年、大正14年生まれの母からは、自身が青春時代を戦時中に過ごした経験から、「好きなことができるのだからそれをしないなんて駄目よ」とよく言われていました。「ほかの人と違うこと」を良しとする母でしたから、それがカイロ大学への留学でしたり、女性初の都知事など、私の生き方に大きな影響を与えてくれました。

 母自身もいろいろなことにチャレンジする人で、私の大学卒業と入れ替わる形で、カイロで日本料理店を開店するなど、自分の言葉を体現する人でした。

 普段のおしゃれにも気を遣っていて、体調が悪くなる直前まで高いヒールを履き、背筋をしっかりと伸ばして歩く人でした。私も背中をたたかれて「背筋をしっかり伸ばしなさい」とよく言われたものです。

 タバコが大好きで、入院先の病室で豪快にタバコをふかし、大目玉を喰らって追い出されたこともあるほどです。

 ――自宅で介護を行うまでの経緯は。

 2012年の初頭に体調が悪くなり、検査入院を行ったところ「肺がんのステージⅡA」ということが分かりました。お医者様からは手術や化学療法を提示されたのですが、「がん細胞と闘わず共生する」「残りの人生を楽しむ」との方針を定め、自宅で療養することを選びました。

 その後1年半ほどは大きな体調の変化もなく、症状は安定していたのですが、その年の夏が酷暑だったこともあって、体の衰えが目に見えるようになり、再び入院することになりました。

 再検査を行ったところ、がんが末期まで進行しており、余命1カ月であることが私に伝えられました。

 「自宅で最期を迎えさせてあげたい」。迷いはありましたが、在宅で母を介護することを決めました。

 

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知事と母・恵美子さん、愛犬のソウちゃんと

 

身をもって知った介護保険制度のありがたさ

 

 ――自宅での看取りを決断した理由は。

 一つは父を看取ることができなかったことです。それが後悔として残っていて、母の最期をどうしても見届けたいと思いました。また、事務所のスタッフに祖母を看取った人がいて、「とても幸せな最期を迎えることができた」と聞いていたことも、私の背中を押してくれました。

 もう一つが、医療・介護の専門家によるサポートです。私の場合は、退院時に病院で紹介してもらった医師の存在が非常に大きかったです。ひげを生やした風貌から、母は「ドクターマリオ」と呼んでいましたが(笑)。奥様も看護師をされており、在宅で看取りを行う上での精神的な支柱にもなりました。

 ――在宅で介護をするために、どのような準備をされましたか。

 10年前に自宅を建てた際のコンセプトの一つが、母のためにバリアフリーを充実させることでしたので、住環境はすでに整っていました。

 ですが、福祉用具をどのように選べば良いのか迷いました。介護ベッドひとつとっても種類が多く、母にとってどれが一番合っているのか、私だけでは見当がつきませんでした。そこで頼りにしたのがケアマネジャーや福祉用具専門相談員など、介護の専門家の方々です。ケアマネジャーはすぐに自宅に来てくださり、住環境を確認した上で、ケアプランを立ててくれました。

 母の部屋には介護ベッドとそのすぐ横にポータブルトイレを設置。さらに、転倒予防のためにベッドの足元にマット型の徘徊感知センサーを敷きました。介護ベッド用のマットレスや車いす、シャワーチェアなども準備してくれました。

 こうした福祉用具が介護保険制度の仕組みで利用でき、費用負担も1割で済みましたので、制度のありがたさを身をもって知りました。

 

チームの情報共有に一役買った「介護日誌」

 

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 ――実際にどのように介護に取り組まれましたか。

 主に介護に携わっていたのは、私以外に医師、看護師、ヘルパー、事務所スタッフ、それから兄でしたので、最初に「チームで看取る」という意識を共有しました。そのために一役買ったのが「介護日誌」です。

 母と過ごした時間の記録や、介護・医療スタッフをはじめ、母の療養に力を貸してくれた人との情報共有に利用するなど、私の介護になくてはならないものでした。どのような様子だったのか、何を食べ、どのような会話をしたのかなど、その時々に母のそばにいた人が記録を残す一種の連絡帳です。

 例えば、▽夜中1時にセンサーが鳴って駆け付けると、ベッドからトイレに移動しようとしていた▽9時30分にドクターマリオと看護師が来宅▽12時40分リビングに。「どん兵衛」の麺を2本食す▽18時50分ステッキが欲しいと言って、ステッキを持って一瞬立ち上がり、その後横になる――など、その時々の様子が簡潔に書かれています。そうすると、その日一日、母がどんな様子だったかが一目でわかり、安心につながりました。

 医師からの酸素供給機の使い方のアドバイスなども日誌に残しておくことで、誰が母を看ていても適切に対応ができる安心感も得られました。

 「胸が痛い→鎮痛剤を投与するモルヒネポンプの緑のボタンを押してください」「起こしてほしい→基本的には本人の希望をかなえてあげてください」など、病状に対しての具体的な指示が記載されていましたので、私自身、何度もこのメモに助けられました。

 ――介護を経験して、特に印象に残っていることは何ですか。

 母が亡くなったのは、家に帰ってきてから12日目です。慣れ親しんだ部屋で、家族や愛犬、看取りに協力してくれた人々に囲まれながら、旅立ちました。

 印象深いのは、自宅でドクターマリオから「タバコを吸ってもいいですよ」と許可が下り、本人が大喜びしたことです。リビングで先生と看護師さんと一緒にコーヒーを飲みながら、タバコを吸っていました。

 母の「最期まで自分のしたいことをして、楽しく暮らしたい」という願いと、私たち家族の「母が望むことをさせてあげたい」との想いが叶えられました。改めて在宅介護を選択してよかったと感じた一件です。

 

理想の介護を実現するために必要な介護人材確保

 

 ――理想の介護を実現していくためにも、介護人材の確保が喫緊の課題です。

 介護の人手不足は、特に都市部で顕著であり、国だけでなく、都としても力を入れており、今年度は「確保」「育成」「定着」を軸に施策を進めています。

 「確保」の点では介護の経験のない若い学生や主婦の方に向けて介護の魅力を知ってもらうような職場体験を実施しています。さらに、初任者研修などの資格取得を支援する「介護職員就業促進」なども行い、人材の確保につなげていきます。

 「育成」では、例えば国が創設した「介護キャリア段位制度」を採用して職責に応じた処遇を実現する事業者を支援します。講習受講時の経費の補助や導入後に離職率が改善した事業所への補助なども行います。

 「定着」を支援するために、ICT機器活用による負担軽減支援事業などを行います。保育にも共通することですが、ICTを活用して、介護業務の負担軽減につながる機器の導入を支援していきます。

 このほか、「人手不足で猫の手も借りたい」ということで老若男女が知っているハローキティに「東京都福祉のお仕事アンバサダー」をお願いし、PRなどもしています。

 一人ひとりが思い通りの介護を実現できるよう、安定した介護人材の確保・定着・育成を進めていきます。

 

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(こいけ・ゆりこ)1952 年兵庫県生まれ。76 年カイロ大学卒業後、アラビア語通訳を務め、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」などでキャスターとして活躍した後、92 年から政界に転身する。参議院議員・衆議院議員を歴任。任期中の2013 年に末期がんの母である恵美子さんを在宅で看取った。16 年から女性初の都知事を務める。

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